風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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初孫の微笑み :: 2015/09/26(Sat)

小さい手 その時、人々が、手を置いて祈って
 いただこうとして、イエスのもとに
 幼子たちを連れてきた。すると、
 弟子たちはその人々を叱りつけた。
 しかし、イエスは仰せになった、
 「そのままにしておきなさい。
  幼子たちが、わたしのもとに
来るのを妨げてはならない。天の国は、このような者たちのものだからである」。
そして、幼子たちの上に手を置いてから、そこを去っていかれた。
 (マタイによる福音書19章13節~15節/
      「新約聖書」フランシスコ会聖書研究所訳注/サンパウロ)


生まれて間もない赤ちゃんが、ふとした時ににっこり微笑むことがある。
新生児微笑というそうだ。

孫が生まれて、娘が産後の里帰りをしている。大人ばかりで静かだった
わが家は30年ぶりにベビーの居る暮らしが始まり、束の間だが、
赤ん坊の泣き声と大人たちのあやし声で活気を取り戻している。

そして、わが家でも大人たちが
孫の愛らしくふくよかな微笑みに魅了されている。

新生児微笑とは、赤ん坊の感情表現ではなく、
反射のようなものだと聞いた。自分を守るために赤ん坊に生れつき
備わった本能だとも聞いた。赤ん坊の笑顔を見た周りの人が
赤ん坊を大事しないではいられなくなるからだそうだ。

それが本当なら、人間とは何と特別な被造物なのだろうと
心を打たれてしまった。
自分の命を守るために、敵と闘うための何かではなく、
微笑みという本能を与えられて生まれてくるとは。

多くの家庭と同じく、わが家にもそれなりの苦労があり、
家族はそれぞれの思いを生きている。
しかし、自分で移動することもできないほど無力で小さな
赤ん坊の存在が、いつの間にか私たちを一つの部屋に集め、
しばしば見せる天賦の微笑みが、私たちまで微笑みで満たしてくれるのだ。
幸せとは何と慎ましいものなのだろう。

「微笑はとても大切です。
 私たちが微笑することができなければ、世界は平和になることができません。」
(ティク・ナット・ハン
   /「仏の教え ビーイング・ピース ほほえみが人を生かす」/中公文庫)




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  1. 今日の想い

「キリストが透けて見える人」 :: 2015/07/18(Sat)

ゆり 

 「ほかの人の苦しみと触れ合って、
  はじめて悲のこころが生まれてきます。
  悲のこころとは、
  文字どおり、『ともに苦しむ』ことなのです。
  (訳注・英語のcompassionという言葉は、
  com=『ともに』、passion=『苦しみを受けること』
  『受難』を意味します)。」
  /「微笑みを生きる」/ティク・ナット・ハン 著/
   池田久代 訳/春秋社



 久しぶりにティク・ナット・ハンを読んでいたら、
 この一節に目が留まりました。
 思いあたることがあったからです。
 とても大事な友人であるにもかかわらず、
誰かが自分自身の状況を語り始めると、私はなぜか苛立ってしまうのです。
友だちの顔をして連絡を取り合いながら、そして、その話に耳を傾けながらも、
私に訴える人の苦しみに触れていない、
決して触れようとしていない自分を思い知りました。

悲しむ人の涙を見て、黙って、そして控え目にその手に触れる人がいます。
いつも物事を静かに深く受けとめて黙って思いを巡らす人です。
そういう人の存在と行いと「言葉」が、辛い心の人をどれほど慰めることでしょう。

受洗してから40年にもなろうとする私が見ている前で
ついこの間、洗礼を受けたばかりの友だちは、
既に、モーリス・ズンデルの表現そのままに「キリストが透けて見える」人となり、
私の師となっていました。


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  1. 今日の想い

教会共同体 :: 2015/06/01(Mon)

芍薬、ギガンジューム他 教会共同体には血が通っている。
 だから、温かく人を癒し育ててくれるが、
 その一方で、
 あまりに人間的で面倒臭いところがある。

 「お客様扱い」の時期を経て、
 御父を中心にした家族の一員になると、
 自分が生まれ育った家族以上に
 感情的な衝突を味わうことや
 理不尽さを感じることもある。
 ナマの人間の集まりなのだ。

 受洗したばかりで共同体デビュー後、
 間もない人は驚かれ、
教会共同体という場所が
決して天使や聖者ばかりの集まりではなく、
そればかりか、あまりに人間的な出来事が多いので落胆するかもしれない。

教会共同体は、そんな営みの中で、人をゆるし、自分をゆるす苦しみと共に
神様から自分に託されているものを日々見出だしていく世界なのだと思う。


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  1. 今日の想い

路傍の花のような人 :: 2014/08/29(Fri)

                    今年の苦瓜の花
                 路傍にひっそりと咲く花のような方が天に召された。
                 その方を知ったのは20年も前だろうか。
                 その20年間で実際に言葉を交わしたのは10回にも満たないと思う。
                 その方が教会活動に勤しんでいたという印象はない。
                 いつも物静かな微笑みをたたえ、以前は私たちの教会にもあった、
                 土曜日の夕方のミサにご一家で必ず参加していらっしゃった。
                 物静かだが、印象深いご一家であり、その方であった。

                 目立った活動はなさらなかったが、どなたかに何らかの当番を代わって
                 いただかざるを得ないとき、そして、どうしても代わりの人が見つからずに
                 途方にくれたとき、その方に電話をかけてみると、必ず落ち着いたお声で
                 快く代わってくださった。
                 
                 その恩返しをしたいと思っていたのに、一方的にお世話になったままで、
                 その方はこの世を後にされた。

                 きっと、どなたに依頼されても、たとえそれが、誰もが出来れば避けたいと
                 思っている教会内の地区の世話役などでも、淡々と当たり前のこととして
                 引き受けていらっしゃったように思う。

                 この世での務めをすっかり終えられ、直通運転の天国へのエレベーターで
                 その方は、御父のもとに旅立たれたように感じられた。
                「お疲れさま。もう、いいんだよ。」と、その方への御父のねぎらいのお声が
                 聞こえて来そうである。

                 20年間でほんの少ししか言葉を交わしていない方なのに、
                 ご葬儀に参列しないではいられなかった。
                 そして、涙をこらえることができなかった。

                 道行く人に踏まれることもあっただろうに、ひっそりと、しかし、辛抱強く咲き続け、
                 疲れた人の目にとまったとき、ほっと慰めを与えてくださるような方だった。
                                                    感謝と祈りのうちに。


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  1. 今日の想い

映画「大いなる沈黙へ」~分からなくても受けとめること~ :: 2014/07/31(Thu)

          140617_五日市にて

       岩波ホールで上映中の「大いなる沈黙へ」を見ました。
       映画の評判が良いのか、映画館は連日、たいへんな混みようだとのことです。
       中世から今日に至るまで、その厳しい戒律を決してゆるめることなく、
       フランス革命以降の迫害を経ても細々とでも生き続けているカルトジオ会という修道会の
       現代の姿を描いたドキュメンタリー。
       歴史という大きな時間の流れさえも止まったかのような沈黙の生活において、
       彼らはどんなことを祈るのだろうか、今、ガザやイラクやウクライナで起こっていることを、
       知っているのだろうか…等と思いつつ、
       「孤独SOLITUDEという生き方が許されていること」に羨ましさを覚えました。
       色々なことに気を遣ったり、感情を乱されたり、はらはらと世の中を生きている私たちの方が
       大変かもしれない、などとも思ったからです。
       (帰宅後、パンフレットを読みましたら、世の中のことは長上の方が教えてくれるとのこと。)
       でも、世間から隔絶した沈黙の祈りの暮らしは、世俗に生きる私の目には非生産的に映るけれど、
       神と一致することを願うには必要なあり方であり、
       その沈黙と貧しさのうちに、きっと驚くような霊的な豊かさをいただけるのでしょう。
       ついつい世俗的な「なぜ?何のために?」が、私の心には浮かんでしまいますが、
       神という絶対的な神秘を前にしては、
       「分からなくても受け留める」以外にないことがあるのだなあ、と思いました。       
       
       映画はこの後も全国各地で上映が予定されているようです。私の住まいの近くの小さな映画館
       にも上映予定があることが分かりましたので、もう1度見たいと思っています。       

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