風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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「安心しなさい、わたしだ、恐れることはない。」 :: 2008/07/13(Sun)

かりんさん・10万アクセス記念作品   わたしは、ただの人。
   不完全な存在。
   だから、これからも
   何度も何度も
   いろいろな失敗を
   繰り返すだろう。
   でも、もう、脅えまい。

   わたしの失敗によって、
   わたしに対する
   何らかの非難が
   いつか起こったとき、
   それが、わたしの過ちを
                                 正すためではなく、
 五十嵐かりんさん/画 
 
                 単に
                 傷つけることが目的なら、
                 いたずらに脅えまい。
   
                 実際に起こっていない心配ごとで、
                 ふたたび脅えそうになったら、
                 わたしは神さまに助けていただこう。
 
          . : * :・’゜☆ . : * :・’゜☆ . : * :・’

ごめんなさい、今日は聖書のお話です。
マルコ福音書6章なのですが。

イエスが十字架につけられたとき、ユダヤのガリラヤの領主だったヘロデ。
ヘロデは彼の誕生日の宴席で妻ヘロディアとその娘にせがまれるままに、
イエスに洗礼を授けたヨハネの首をはねました。
私は、ヘロデについて、
映画「ジーザス・クライスト・スーパースター」で描かれた、
「軽率な暴君」のイメージだけを抱いてきました。

先日、ここを改めて読む機会があって、
「え?私の聖書に、前から、こんな箇所があったっけ???」
と、口に出しそうになるほど、「見覚えのない文章」を見つけました。
今まで余程斜め読みをしていたのでしょう。

ヘロディアはヨハネを恨み、彼を殺そうと思っていたが、できないでいた。
なぜなら、ヘロデが、ヨハネは正しい聖なる人であることを知って、
彼を恐れ、保護し、また、その教えを聞いて非常に当惑しながらも、
なお喜んで耳を傾けていたからである。・・・中略・・・(ヘロデ)王は
非常に心を痛めたが、(ヘロディアの娘に、願うものは何でも与えると)
誓ったことであるし、また、客の手前、少女(ヘロディアの娘)の願いを
退けたくなかった。


何と、ヘロデは、正しい教えに耳を傾ける能力を持ち、聖人を畏れ、
妻ヘロディアの殺意から、ヨハネを保護さえしていたのでした。
ヘロデは、いわゆる極悪人ではなく、普通の人だったのですね。
でも、弱かった・・。聖人ヨハネへの畏れよりも、周囲の人々の
自分への期待を優先してしまいました。
ヨハネの首をはねた後、ずい分と後悔の念に苦しんだでしょうね。

省みれば、私にも同じような弱さがあります。
それを強く自覚しました。
そうです、私は弱い。
私の弱さは、結局、人を傷つけてきたように思います。
こういう私を、私は好ましく思いません。

同じマルコ福音書6章50節の
「安心しなさい、わたしだ、恐れることはない。」
という、イエスのみ言葉を、心に刻もうと思いました。


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テーマ:生きること - ジャンル:心と身体

  1. 今日の想い
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