風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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死にゆく「父」からの贈り物 :: 2014/06/24(Tue)

 今年の春まで担当させていただいた教会の入門講座の開講を翌年に控え、
すでに断れない状況になったとき、実は舅には癌が見つかり、家族には数か月の余命が宣告された。
高齢ゆえに手術は無理であること、
抗がん剤だけの治療をするが、それでも楽観できないことが告げられた。
 病気がそのときの医師の言葉通りに進行したなら、私は嫁としての立場と教会での立場との間で悩み、
十分に舅の看病ができない罪悪感と後悔の念と苛立ちに、生涯、苦しむことになったであろう。
ところが、医師たちさえ驚くような「奇跡」が起こり、癌が消えてしまい、
舅はこの数年間、以前のように てきぱきとした生活を取り戻していた。

 そして、舅のこととは関係のない理由で、今年の復活徹夜祭を境に、
私は入門講座の担当を外していただいた。
 すべての「務め」を果たした復活徹夜祭の明くる日は復活祭。
 夫の実家の昔からの習慣で、舅は自ら赤飯を炊いて、親しくさせていただいている友人知人に配って回り、
最後にわが家に届けに来てくれた。そして、その時のわが家での夕御飯が、舅との最後の晩餐となった。
その翌々日に舅は倒れ、血液の異常が見つかったのである。検査入院の後、一旦退院して、
定期的な消極的な治療を始めたものの、病状は明らかに進み、
最後には猛烈な速さで悪化の一途をたどって再入院した。

 入院1日目。あまりにも つらそうなので、病室に1人置いて帰ることはできそうもなかった。
が、その日、病院で徹夜出来そうなのは嫁の私だけであった。
義妹を巡って様々な確執があった舅と私である。「私でよいのか」と、舅の反応を恐れていた。

 しかし、夜中に目を覚ました舅は「やなぎはっかさん、すまんな。徹夜してくれたのか。」と、
安心したような笑みを浮かべてくれた。

 不思議なことだが、舅のその笑顔だけで、舅との感情のもつれ から だけではなく、
亡き姑と私の亡き両親の最期において、いずれの場合も十分なことが出来なかった後悔の念、
罪悪感までからも すっかり解放されたのを感じた。
たった2日間の「嫁業の真似ごと」だけで。

 舅に、最初に癌が見つかってからの一連のタイミングを思うと、舅が、
数年前に主のみもとに召されることなく、今までこの世に生き永らえてくれたことは、
私にとっては、私の いくつもの心の傷を完全に癒すために、
舅が神の道具になってくれたことのように思われてならない。
神さまが、奉仕で忙しかった私のために、
舅の病気の進行を止めていてくださったように思えてならないのである。

 入院2日目。舅の病気の進行が あまりにも早くて、
病者の塗油の秘跡をお願いした所属教会の神父様も間に合わないほどだったが、
神父様は、召されたばかりの舅のために最期の祈りをして下さった。
その祈りによって、そこにいた家族全員が慰められた。

 その後の葬儀の会場において、あるいは夫のきょうだいとのその後の関わりを通して、
私がこれまでの人間関係において負わざるを得なかった心の傷からも解放されたことを
実感した。多分、人を赦すということよりも、自分を赦すことが出来たのだと思う。
 私の努力によってではなく、理屈では説明できない恵みによって。

 舅のこの世での「最後の闘い」の姿が、私にはイエスの受難と重なって見えた。
いよいよ最後には背中をさすってあげることすら、つらいのではないかと思われるほどの痛みに
襲われていたが、それまでの生き様と同じように、雄々しく、立派な最期であったと思う。

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テーマ:宗教・信仰 - ジャンル:学問・文化・芸術

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