風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




スポンサーサイト :: --/--/--(--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. スポンサー広告

道を歩む :: 2013/05/04(Sat)

     西洋美術館

    「もし慰めだけを望むなら、それは表面的な慰めになるでしょう。主の慰めではなく、
     人間の慰めです。教会の旅は、いつでも十字架と復活のあいだを進みます。
     迫害と、主の慰めのあいだを進むのです。そしてこの道こそ、歩む人が決して
     迷うことのない道です。」(教皇フランシスコ)


     何年も前、私を案じてくれる友に「あなたが私の苦しみ方に意見をしたがるのは、
     あなたのこれまでの人生が順調で幸せだったからでしょう。」と、
     投げやりな言葉を放ったことがあった。
     心優しいその友は、それでも私に寄り添うことをやめなかった。

     今、この年齢になって、想像を絶する過酷な試練を背負った人が友人として
     与えられた。私はその人以上の苦悩を聴いたことがない。かつての私が友に放った
     言葉が恥ずかしい。
     なかったことにはできない深い心の傷をいくつも重ねながら、その人は正直に、
     まっすぐに、懸命に生きているのだが、神さまはその人に、
     新たな険しい道を指し示された。
     もしも、この人が私の家族だったら、神に先回りをして、後さきも善し悪しも
     考えずに様々なお節介をするのだろうか。
     しかし、友人としての境界を越えてはならないし、私は時折連絡してくる
     その人の、「話だけ聴いて欲しい」という求めに応じること、
     忘れないでその人のために祈ることしかできない。
     教皇フランシスコは「(迫害と、主の慰めのあいだを進む)この道こそ、
     歩む人が決して迷うことのない道です。」と言い切っておられる。
     その人が苦悩のうちにも、神が照らし、示してくださる道を見失ないませんように。
     私も、かつて友がしてくれた10分の1でも、その人の心に寄り添えますように。     

     同時に、教皇の言葉は、すべての人に向けて発せられている。この私にも。
     昨年からの1年間は、あまりにも温かい人々に恵まれ、支えられた私であった。
     これからの1年間の道が仮に平坦ではなかったとしても、
    「迫害と、主の慰めのあいだを進むこの道」を受け入れられる私へと、
     神によって成長させていただけますように。

     (神よ)わたしの叫びに答え、/悩みの中にも いこいを与え、/
     わたしを あわれみ、心に留めてください。
     神は わたしを選び、ご自分のものとされた。/
     神は、わたしの叫びに耳を傾けてくださる。
                                     (詩編4)


 カリタスジャパン

マリンクローバーいつも、応援のクリックをありがとうございます。心の励みになります。マリンクローバー
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村

テーマ:宗教・信仰 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 祈り
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。