風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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ふるさとへの想い :: 2011/09/14(Wed)

                  聖霊リ-ス

                主はアブラムに言われた。
               「あなたは生まれ故郷
                父の家を離れて
                わたしが示す地に行きなさい。
                わたしはあなたを大いなる国民にし
                あなたを祝福し、あなたの名を高める
                祝福の源となるように」
                    <略>
                アブラムは、主の言葉に従って旅立った。
                                  (創世記12:1-4)

  信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に
  出て行くように召し出されると、これに服従し、
  行き先も知らずに出発したのです。
                         (ヘブライ人への手紙11:7‐22)


テレビ報道を通じて、故郷を離れての避難生活を余儀なくされている皆さん、
なかなか帰郷が許されないそのご様子にふれるたびに、胸が痛んでならない。

特に福島県には高齢のおじ夫婦が住んでいる所だし、私のふるさとの茨城県の隣の県なので、
小さいときから親しみを覚えてきた。
ドライブで、あるいは旅行で何度も足を運んだ県でもある。

ふるさとは容易に離れられるものではない。特に農家の皆さんにとっては「いのち」に等しい。
大切なふるさとを遠く離れて避難している皆さんの悲しみ、苦しみは計り知れない。

ふっと、慣れ親しんだハッラーンという肥沃な土地から、
「カナン地方に移住するように」との、神のご命令に従ったアブラハムが重なった。
伝承、神話の類として、何気なく読んでしまってきたのだが、
旧約聖書の中のアブラハムが、あくまでも神に忠実であろうとして覚えたであろう、
人間としての心の葛藤、痛みについて初めて思った。
(この伝承の陰にはどんな歴史的なできごとがあったのだろうか、とも思ったのだが。)

並の人間である私が理不尽だと感じ、苦しみ抜くであろう同じ痛みを、
信仰に篤いアブラハムも十二分に味わいつつ、それでも神に従ったのではないだろうか。
信仰の父アブラハムは、苦しみを味わい尽くし、耐えた人でもあったのかもしれない。

まだまだ、聖書の読み方が浅いことを感じた。心で読みたい。


神さま、被災地の皆さまを、私たちがいつも心にとめ、
たとえ小さくても支援を続けることができますように、導いてください。
そして何より、皆さまが1日でも早く、懐かしいふるさとにお帰りになれますように。


このような販売会の記事を見つけた。 
        「福島県 野菜・果物 販売会」
何回か足を運ぶ機会がありそうだ。
      
 カリタスジャパン

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