風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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聖母マリア :: 2011/08/29(Mon)

聖母子像・2 母子の心の絆が
 極めて強かった父に
 嫁いだ母は、愛情が
 強すぎる人だったので、
 結婚してから死ぬまでの
 50年余りは寂しさを
 味わい尽くす毎日だった。
 私はずいぶんと大人に
 なってから、育った家庭の
「感情のもつれの蓄積」が

自分に重くのしかかっていたことを自覚して大きな衝撃を受けた。

そのためだろう、自分から求めて「カトリックといえばマリアさま」みたいな
世界に飛び込んだのに、聖母マリアはイエスのおかあさまではあるけれど、
決して私にとっての「母なるもの」ではありえなくて、
長い間、受け留め方が分からずに戸惑っていた。

そのことを司祭にお話ししたら、いつも「できごと」をじっと受け留め、
胸に納め、思いをめぐらす聖母の生涯を語ってくださった。

そのときから、私は聖母マリアに信仰の模範としての
親しみを覚えるようになった。

十字架なしの信仰はありえない。生きていくことはたいへんなことだ。

天使ガブリエルの突然の訪問は、
おとめマリアに非常に大きな出来事であったが、私にとって特に印象深い
のはルカ福音書の次の箇所である。

「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を
倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、
また、反対を受けるしるしとして定められています。
あなた自身も剣で心を刺し貫かれます
多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」(ルカ2:34,35)


律法に従って幼子イエスを神殿に献げたとき、
老人シメオンは聖家族を祝福するとともに、聖母マリアにこう言った。

ここでもマリアは大騒ぎせずに、思いをめぐらして、
できごとのうちに神の語りかけに耳を傾けようとしたのだろう。

「みこころが行われますように」

という祈りほど、美しい祈りはないとどこかで読んだことがあった。
聖母マリアの生涯はこの祈りで貫かれていた。
言葉でいうほど簡単ではない。


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テーマ:宗教・信仰 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 祈り
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