風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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後悔 :: 2010/08/02(Mon)

天上からの光 母親を神のように
 敬っていたあのころ。
 私自身、すでに結婚し、
 母親の立場にありながら、
 母が死んだら
 生きてはいけないと怯え、
 その日を想像しては
 夜中でも起きてしまった。
 それは、
 「私はきっとACという
 やつなんだな」と、
何となく自覚するようになってからも続いた。それはそれは、長いこと。

死の少し前、いよいよ容態が悪化したとき、ぎりぎりの選択として、
母は人工透析を受けるか否かを病院から迫られた。

どうしようもない大病院。
医師に説明能力がなく、患者がいよいよになると病室に放っておくだけ。
ばかばかしいほどの規模だけを誇る地方の拠点病院。

しかし、そういう重大な決断のとき、サインが必要なとき、
なぜか私だけしか母のそばにいなかった。

「どう思うか。」という母に、
「私は自分の親だから、生きてほしい。長生きしてほしいのが私の願いだ」と答えた。

母は人工透析を受けることにした。
「×子(私のこと)がそう言っているから。」と、そう決心したという。

しかし、1日1日をやっと生きている弱り果てた患者の体に、
人工透析は思いの外、負担が大きかった。
私は、母が回復すると信じていた。
病院としては、今日の危機を切り抜けるための一か八かの
ぎりぎりの選択だったのかもしれない。
私は聞かされていなかったけれど。

その数日後、いつものように自宅から3時間かけて母の病室に行くと、
「お前が長生きして欲しいなんて言うから、人工透析を受けたのに、
 こんなに酷い目に遭うとは思わなかった。お前のせいだ。
 こんなことなら死んだ方がましだ。」
と、私を睨みつけた。
それが、私にとっての母の最後の言葉となった。

ならば、あのとき、日頃から異常なまでに死に対して恐怖心を示す母に、
「もう、十分に苦しんだのだから、
人工透析をしてまで命を延ばすことはないでしょう?」と答えたら、
母はどんな反応をしたのだろうか。

そういう人だった。父も母も。
誰のものでもない、自分の生き死にさえ、
自分で責任を取らない幼児性を抱えた人たちだった。
神を知らなかったら、母の死に責任を感じて、私も死んだのだろう。

でも、なぜか知らないが、傷つきつつも母の死を乗り越えられた。
あの日から、夜中に私を叩き起こした不安が消えた。

だからといって、後悔の念から解き放たれたわけではない。
両親との間の物理的な距離の限界の中で、
自分なりにできるだけをしたつもりだったが、
人間という肉の衣は悲しいもので、父のときも母のときも
最後の最後に、それまでの努力が一切無に帰すような事態を招いて、
後悔することになった。
それは、泣くことも自らに禁じるような後悔なのだ。

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テーマ:宗教・信仰 - ジャンル:学問・文化・芸術

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