風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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あなたは、辛抱強く待ち、赦し抜いてくださった :: 2010/06/08(Tue)

むらさきサルビア?

「しかし、お前たちは、
 都を造られた方に目を向けず
 遠い昔に都を形づくられた方を
 見ようとしなかった。

 その日には、
 万軍の主なる神が布告された。
 嘆くこと、泣くこと
 髪をそり、粗布をまとうことを。

 しかし、見よ、彼らは喜び祝い
 牛を殺し、羊を屠り
 肉を食らい、酒を飲んで言った。
「食らえ、飲め、
 明日は死ぬのだから」と。
万軍の主はわたしの耳に告げられた。
「お前たちが死ぬまで
 この罪は決して赦されることがない」と
万軍の主なる神が言われた。
                ~イザヤ22:11-14


「食らえ、飲め、明日は死ぬのだから」は破滅的で、悲しい表現です。
父なる神は、その様をどのような想いでご覧になっていたのでしょう。
泣きながら悔い改めるべき日に、わが子である民が、
「食らえ、飲め、明日は死ぬのだから」と、
どんちゃん騒ぎをしているのです。

でも、「明日は死ぬのだから」という一節に、
ちょっと前まで私自身が似たような思いに囚われていたことを思い出し、
その当時に一気に引き戻された気持ちになりました。

あのころ、私はカトリック信者ではあったけれど、確かに
「都を造られた方に目を向けず/遠い昔に都を形づくられた方を/
 見ようとしなかった」ような状態だったこと、
しかし、そんな私にまで、雑魚にも満たない私にまで、御まなざしを
注いで下さっている神さまの、子を思う親のような悲しみを
無視し続けていたこと、
それなのに私が信じている神さまは
「お前が死ぬまで/この罪は決して赦されることがない」とは仰らず、
辛抱強く待っていて下さり、赦し抜いて下さり続けたことを
思い出したのです。

今、あのころとは違って、私にはあたたかい友人たちが与えられ、
毎日を楽しく生活させていただいています。
この楽しさのうちに、私が思いあがることなく、誤ることなく、
あなたから与えられる毎日に感謝して過ごすことができますように。
何よりも、人とのお付き合いが苦手な私に、あなたが巡り会わせて下さった、
この友人たち1人1人を、大切にすることが出来ますように。
友人たちに感謝することを忘れない私にして下さいますように。
主イエス・キリストへの感謝のうちに。アーメン。


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