風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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子どもたちから贈られたもの その16 ~遠い日のメモから~ :: 2010/05/11(Tue)

2010 はなみずき ある遠い日、私は赤ん坊
 だった頃の子どもたちを
 思い出して、はっとしました。

「母親が子どもを抱くのは、
 子どもを慰めるためばかり
 ではない。抱きしめた
 わが子のあたたかさ、
 やわらかさ、匂い、
 何より罪のないその姿によって、
 母親も慰められるのだ。」

 表向きは優等生の母親ぶっていたけれど、

病気がちで心のバランスを崩して、あのころ既に母親としての真の姿は全くの失格者だった
にもかかわらず、幼かった子どもたちは、そんな私なんかにも「抱っこ」を求めてきました。
あのときのやさしい感触を、どうして忘れることができるでしょう。

きっとどの親も、大人になった目の前のわが子と、幼かったあのころのわが子の
頑是ない顔とを重ねて見るのだと思います。
いや、私が、わが子に対して犯した罪の苦しみを生涯負う立場の親だからこそ、
2度と戻ってこないわが子の幼かった日を、なおさら切なく懐かしく思うのでしょうか。

そういう私を、あの子どもたちは「忘却」あるいは「忘れた振り」で、
まったく全くなかったことのようにして、赦し続けてくれたのでした。

娘が高校を卒業するころのことでした。娘は私に訴えました。

「もう、小さいときのことなど忘れた。私にとって大事なのは、
 今、進行していることなのだ。」
と。

娘は、私が生きていることさえ疎ましく思い、生きてきた人生を後悔するのを見るたびに、
子どもとしてのおのが存在は、母親の私にとって無意味なのだろうかと、
ずっと寂しく感じてきた
と言いました。

大事なことは、今、進行していることなのだ、と。


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