風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




スポンサーサイト :: --/--/--(--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. スポンサー広告

師の著作から…少年が苦しみから悟ったもの… :: 2010/05/02(Sun)

やっと春 生き辛いという感覚を
 誤魔化したまま、いよいよ
 放置できなくなったとき、
 兄が大須賀発蔵先生を
 紹介してくれた。
 カウンセラーという方との
 初めての出会いだった。
 私はそのとき既に2児の
 母親になっていた。

 思えば、「師」と呼ぶ人に
 恵まれてこれまでを歩んできた。
心の痛みに耐えられないひ弱な者に作られた代わりに、人生の「師」との出会いを
いくつも与えられた。「解放」を求めて、そういう人を必死に探し求めもした。
しかし、あの焦燥感に包まれていたような私は今は居ない。

けれど、ここに感謝をこめて、大須賀先生のお話を紹介させていただきたい。
大須賀先生は、茨城いのちの電話の創設に尽力され、
現在は茨城カウンセリングセンターの理事長を務めていらっしゃる。
HPを見つけて、ご高齢にもかかわらず現役で頑張っておいでなのだ、と嬉しかった。

「成熟(じょうじゅく)の時」を一歩一歩辿る
C君は<略>「僕は、もう1年実社会で働いてから大検を受ければ、もっとよかった
かもしれない。でも、もう1年天井をみていて受けたならば、なおさらよかったかも
しれない」といったというのです。
天井を見ていて受けたらさらに良かったという、C君の気持ちがわかるような気が
します。と、いいますのは、苦しんでいるお子さんの気持ちにふれてみますと、
昼夜逆転で寝ているからといって、怠けていることでもなんでもありません。むしろ
坐禅を組んだように、そこで自分の生きることに、真剣に向かい合っている
姿なんですね。
外から見ますと、そうでないように見えますけれど、中身では本当に立ち上がろうと
しているんです。駄目になっていいなんて誰も思ってなんかいません。こんなことを
していたら自分の一生は終わりだと、何とか立ち上がらなければと、必死になって
いるわけです。しかし、外からみている姿は寝ている姿なんです。
            <略>
それから「世の中には、いろんな意見があるんだ、自分とあい容れない意見がある
けれど、それを駄目と排除すれば、それは結局自分をせばめることになる。
だから、自分と違う意見を引っくるめて受けとるときに、相手も自分も共に育って
いくんだ。お母さん、何にも無駄なんかないんだよ」と言ったというんですね。
            <略>
「問題は時間なんだよ、“時間”を待つことのできないところで、いろいろ
言うということは、かえって本人のためにならないよ」と言ったというんですね。
これも3年あまりの苦しい体験から学んだ知恵なのです。<略>まさに「成熟
(じょうじゅく)の時」を一歩一歩辿ることこそ大切で、近道することはできないことを
C君はわかっていたのです。

    「陰(かげ)は光に~「華厳経」一行拾い読み~」/大須賀発蔵・著/柏樹社


応援HPとブログ「挿繪堂 櫻田耕司 仕事イラストギャラリー」 「エポペ航行日誌」



マリンクローバーいつも、応援のクリックをありがとうございます。心の励みになります。マリンクローバー

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村

banner2.gif c_02.gif



テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 今日の想い
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。