風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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固い頭・私の中の偏見 :: 2010/04/29(Thu)

kodemari 残業で遅い、娘の帰宅を待ちながら、
NHKのニュースを見ていた。それが終わるとそのまま、ポップスの歌番組が始まった。
「SONGS」だったかしら。
シャネルズ(ラッツ&スター)の
特集をしていた。

ぼんやり聴いていて驚いた。
「シャネルズって、
 こんなグループだったんだ。
 カッコいいじゃん

「今の若い者は…。」という言い方がある。
私たちの年齢になると使い始める人が
居るかもしれない。

若い日のシャネルズの映像を見ながら愕然としたのは、彼らがデビューしたころの、
あのころの若かった私が、異様なだぶだぶのスーツに身を包んだ彼らの風体を見ただけで、
「こういうヤカラ」を忌み嫌い、その存在さえ認めなかったということだった。
確かその後、このグループは、そんな私が「それ見たことか。」と吐き捨てたくなるような事件を
起こしたように思うが、それにしても、あのころの若かった私が
「今の若い者は…」というようなものの見方をしていたのだ。

年を取って、魂のどこかが浪花節的オカアチャンになったのだろうか。
デビューするまでの彼らが、昼間、それぞれに働き、歌い手としての明らかなイメージを持って
夢を追いかけていた若者たちであったことを初めて知り、歌に合わせた素人くさいステップを
ほほえましく見ている自分に気づいた。彼らの親御さんの様子を想像したりもした。

若い日の自分の頭の固さ、並ではない固さを振り返った。
当時の私は、母親からある夢を持たされて、その入口に立ったけれど、
あの度量の小ささでは、結局、すぐに限界を迎えたのだと思う。
それは、人間を相手にする仕事だったから。

私は家庭の中で、夫に、また、子どもたちによって、更には苦悩によって成長させてもらった。
家族をはじめたくさんの人に迷惑をかけながら、固すぎた頭を少しは柔軟にしてもらった。

子供に愛を注ぐがよい。でも考えは別です。(略)
あなたの家に子供の体(からだ)を住まわせるがよい。でも魂は別です。
子供の魂は明日(あす)の家に住んでいて、あなたは夢のなかにでも、
そこには立ち入れないのです。
子供のようになろうと努めるがよい。でも、子供をあなたのようにしようと
してはいけません。
なぜなら、生命は後(あと)へは戻らず、昨日(きのう)と一緒に
留(とど)まってもいません。
      ~「預言者」/カリール・ジブラン著/佐久間彪訳/至光社~



若さを武器にして、目を充血させながら、昼は仕事をして、夜は夢を追い続けた彼ら。
あのころ、ガチガチに固まった考え方に囚われて、翔べなかった私。
「自分が何になりたいのか分からない。」と言いながら成長し、確実な道を歩いて、
今の生活が楽しいと言ってくれている娘と、親が戸惑うような大きな夢を抱いてしまった息子と。
自分がやってきたことが正しかったのかどうかは分からない。
しかし、ウチの若い子どもたちは、もう既に私たち親が立ち入ってはいけない世界にいる。



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