風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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できることの一つ一つに。 :: 2010/04/17(Sat)

東京タワー 2 

 お前たちは正しい者に
 敵対し、賄賂を取り、
 町の門で貧しい者の
 訴えを退けている。
 それゆえ、知恵ある者は
 この時代に沈黙する。
 まことにこれは悪い時代だ。

   ~アモス書5:12,13~



 そんな悪い時代にあっても、
 アモスは沈黙することなく、
 託された神のみ言葉を、
「この国は彼のすべての
 言葉に耐えられません。」
 と言われるほどに述べ続けました。

 読みながら、現代で言うなら
 アモスという人はどんな人だろうと
 考えました。

たとえば、正しいことは分かっていても、普通の人にはなかなか実行できないような
生活を実践している人。

そういうあり方について、口だけで称賛するだけの私を、
人類の将来を憂えるあまり「吠えるように」非難する人がいないことは、
私にとっては幸いなことですが、そういうタイプの人かな、と思いました。

映画「ブラザー・サン、シスター・ムーン」で、
清貧に徹する聖フランシスコに、
良心がうずいた聖職者は自分の贅沢さを恥じて目を伏せました。
映画の中の聖フランシスコを厳しくしたような人かな、とも思いました。

また、大昔のことですが、すでに故人となられた神父様が、
「教会が世の世俗的な部分に迎合する傾向が見えてくると、
 そのことへの警鐘として新しい修道会が生まれます。」と
話して下さったことも思い出しました。

自分の生活全体を正そうと突きつめていきますと、
「まことの正義」と「社会と協調する必要」のはざまで、
私は自分の限界を思い知るばかりです。

それで結局、自分にできることの一つ一つに誠実であることを目指すことで
精いっぱいなのではないだろうか、という結論に至ります。
あまりに厚くて高い限界の壁の前で立ち尽くすよりすべのない者として、
小さい、小さい、まことに小さい自分に出来ることについて、
神の御目に適うことをする以外に、私に出来ることはありません。

人間である私に対して、神さまは立派な行いなど、
全く期待してはいらっしゃらないのですし。

        ・・・・・・------

新学期とともに「聖書の分かち合い」の時間が戻って来ました。
またまた、運動不足と睡眠不足の日々が始まりました。^^;

初めて読んだ「アモス書」。私の心に響いた箇所。

地上の全部族の中からわたしが選んだのは
お前たちだけだ。
それゆえ、わたしはお前たちを
すべての罪ゆえに罰する。
            ~3:2~ 

しかし、お前たちはわたしに帰らなかったと
主は言われる。
       ~4:6,8,9,10,11~

わたしを求めよ、そして生きよ。
       ~5:4~
 
主を求めよ、そして生きよ。
       ~5:6~

お前たちが生きることができるために。
       ~5:14~




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