風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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子どもたちから贈られたもの その13 :: 2010/03/18(Thu)

東慶寺ここでも何度か、述べたことがあるかも知れない。
かつて、ある司祭が仰った。

「あなた自身の弱さ、誰にも知られたくない部分、
 決して自慢できないところ。誰かを救うのは、
 あなたの立派なところではなくて、
 そういう弱い部分である。」

そのお話を伺ってから、
自分なりに、そう心がけてきたつもりだった。

むしろ、子どものときから、周囲の大人の世間体を
気にする様子に過敏に反応してしまった私だから、
何事にもバカ正直に応えて、ほんとうに馬鹿な思いをしてきた気がする。
そういう不器用さが、われ知らず人を傷つけてもきたのだろうけれど。

だが。
「ブログでは家族ネタはご法度」を原則にしているのだけれど…。
人生の段階段階を普通に進んで、できれば他のお子さんよりも
少しでも優秀なコースを歩んで、安定した心配のない社会人になることが
最良の道なら、わが息子の変わり種コースは、教育ママに徹することが
できなかった私の弱さゆえの間違いだったのだろうか。…かもしれない。
息子は中学校から一応のカトリックの進学校に通ったけれど、母子ともども、
どうしても受験のための勉強に目の色を変えることができなかった。
面倒見の良い学校ゆえ、善き宗教教育を受けてくれたら良い、と思っていた。
母子は学校からお尻を叩かれ叩かれ、適当に「すみません」を繰り返しながら、
それでも、息子の嵐の季節を通り抜けるのに必死だった。
「企業戦士」の妻の子育ては、どうしても孤独だったかな。

同級生たちが羨ましいような大学に進学する中で、息子は美大を目指し、
3浪の果てに、もっとやりたいことができて進路変更。
息子の同級生たちだったら、3浪してまで入らないだろう大学に進んだ。
そして、常識人の父親の心配は絶えないけれど、
同級生に3年遅れて大学を卒業する今も、就活もしないで夢を追っている。
在学中は、母校の中高の経営母体の修道会の縁で、はるか南太平洋の島々に
ボランティアの旅をしたこともある。(本当なら、その国々の住人になりたいそうだ。)

しかし、他人の家庭のことを根掘り葉掘り聞き出そうとするような人にとっては、
息子が人も羨むような大学を出て、人様の尊敬を集めるような立派な進路を
歩んでいなくては、息子が長い年月を苦しんで培ってきたものなど、
価値がないのだろうな。

ところで、最近、息子のことについて、ひとりの「貴婦人」から
本当に根掘り葉掘り、尋ねられた。

なぜだろう。息子の生き方を肯定しているはずの私が、
尋ねられることに恥ずかしさを覚えている。
「この人だけには知られたくない」と、強い抵抗を覚えている。
「この人」…社会的に弱い立場にある人を人前で同情しながら、
決して相手の場所まで下りていかない人。
そういう小さな「世間の目」を、私は気にしていたわけだ。

こんな私は、息子の味方であるとは、まだまだ言えないのかもしれない。


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