風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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「臆病」にとりつかれる :: 2010/03/07(Sun)

遊歩道の春 

「この民がいけにえをささげるために
 エルサレムの主の神殿に上るなら、
 この民の心は再び彼らの主君、
 ユダの王レハブアムに向かい、
 彼らはわたしを殺して、
 ユダの王レハブアムのもとに
 帰ってしまうだろう。」
         ~列王記上12章27節~





ある友人が、自分の気づきについて語ってくれました。
「神が私たちに求めているのは、神の民を増やすことなどではなくて、
 1人1人が神に忠実であることではないか、と感じた。」と。

ああ、確かにその気になられたら、神さまは一瞬で地球上すべてを
神の民にしてしまわれるだろうと思い、神に対する「人間の分」に、私も気づかされました。

また、最近の主日のミサで、私たちの主任の神父様は
神の計画とサタンの計画について話して下さり、
毎日誘惑に遭(あ)う私たちが聖書を知らなかったら、
生きていく上の判断基準を失うというお話をして下さいました。
「この国々の一切の権力と繁栄とを与えよう。…だから、もし
 わたしを拝むなら、みんなあなたのものになる。」(ルカ4:6,7
イエスがこのとき、サタンの誘惑に従ったら、
サタンはこの国々の人々すべてを瞬時に「イエス教」の信徒にしたことでしょう。
でも、それは神のお望みではありませんでした。

そういう2つのお話に接した後で、ソロモン王の死後、
ユダ族とベニヤミン族以外の民から望まれて、北王国イスラエルの王となった
ヤロブアムについて読む機会を得ました。

神の計画に従う道を忘れ、サタンの計画に嵌(はま)まったような
ヤロブアムの弱さのうちに、人間というものが陥りがちな弱さも
見えた思いがしました。

生前のソロモン王に認められたヤロブアムは有能で、
きっと公序良俗に反するような過ちを犯さない人だったのだと思います。
しかも彼が立ち上がったのはソロモン王の圧政に苦しむ民衆のためでしたから、
純粋な心の持ち主で、正義感が強い人だったのかも知れません。
今の時代にこんな政治家がいたら、たちまち熱狂的な支持を得たことでしょう。

ところで私は、自分が完全であることにこだわってしまうときには、
物事がイメージ通りに運ばなかったりしますと、小さな失敗であるにも関わらず、
そのことで頭がいっぱいになり、自分が周囲にどんなふうに映っているのだろうか、
という不安に襲われます。周囲の人々の視線に脅えきってしまいます。
そういうときの私は、必ずと言っていいほど、
神さまという確かな御方の存在を忘れています。
無いに等しい自分の知恵を絞り出し、それに頼って失敗に次ぐ失敗を繰り返します。

このときのヤロブアムの愚かな行いに、そんなときの自分を重ねました。

ヤロブアムに対して、神は約束されました。
神の戒めに従い、神の道を歩み、神の目にかなう正しいことを行い、
掟と戒めを守ったなら、ヤロブアムは神の栄光に与れたはずでした。

私たちが間違いのない道を歩むための「方法」は、
こんなに単純だということが示されているのに、
この単純な道を完全に歩むことがいかに難しいかをつくづく感じました。


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テーマ:宗教・信仰 - ジャンル:学問・文化・芸術

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