風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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子どもたちから贈られたもの その11 :: 2010/02/06(Sat)

早春わたしの息子アブサロムよ、
わたしの息子よ。
わたしの息子アブサロムよ、
わたしがお前に代わって死ねばよかった。
アブサロム、わたしの息子よ、わたしの息子よ。
           ~サムエル記下 19章1節~



かつて、書いた文章があります。
書いたまま、長いこと
どうしても読み直す気持ちになれず、
しまっておいた長い文章でした。

私は書きました。

「おかあさん、信じられますか。
 私は、子どもたちが生まれてから
 というもの、周囲の人々から
 『良いおばさん』と評価されたいと望んだことがないのです。そうです。
 私は『良いおばさん』と慕われることよりも、我が子のためだけを思う
 母親であることを大事にしたかったのです。たとえ、そのことが人の目に
 『自分の子どもさえよければいいと思って』と受け取られても、私は
 そのことにこだわらずにいられなかったのでした。
 『良いおばさん』と親戚や近所の子どもたちに慕われること。それは、そう、
 あなたがこだわったことでしたね。」


母がどうして私の気持ちを犠牲にしてまで、私の従姉妹たちを大事にしたのかは
分かりません。あれが、母の本当の気持ちだったのかどうかも分かりません。
大勢のきょうだいの上から2番目、長女に生まれた母でしたから、言わば
「おねえさん肌」だったのかも知れません。「よいおばさん」として周囲から
たたえられ、慕われること、ほめられることが、母には、なぜか大事なことでした。
幼い日に、私が買ってもらうはずだったぬいぐるみを、母からの贈り物として
従姉妹の家で見つけたときの悲しさは、今でも私の心を冷たく刺します。

その私に、何年か前にエニアグラムのワークショップに通う機会がありました。
エニアグラムについては、たくさんの研究があって、
数え切れないほどの本が出版されています。注意しなくてはいけないのは、本に
書かれている「自己診断」のチェックシートだけで、自分の性格タイプを正確に
判断することは極めて難しいということです。ワークショップに参加することが
大切です。

エニアグラムは人間の性格を9つのタイプに分けて考えるのですが、私が通ったクラスでは、
自分のタイプの長所と短所をよく知り、どのタイプをお手本にしたら、これからの自分が
生きやすくなるか、ひいては、自分がどうしたら神さまのより良い道具になれるか
を目指していました。
ワークショップに参加した体験から、アブサロムの性格タイプは私と同じなのかもしれないと
感じながら読みました。

アブサロムはあまりに気の毒な妹タマルの痛みを理解して、自分の家に引き取りました。
そして、妹をこんな悲劇へと追いやった、母親違いの長兄アムノンに対して
激しい憎悪の念を抱きました。
しかし、その怒りをあらわにしないで、心の中で2年間も燃やし続けました。
また、怒るだけでアムノンを罰しなかった父・ダビデへの何らかの思いはあったはずですのに、
それも表に出しませんでした。
そして、自分の手を汚さずにアムノンに復讐し、自分の母親の実家に逃走しました。
アブサロムは、父・ダビデに会えない長い年月を耐えましたが、きっとその間にアブサロムの
心の中では、ダビデへの思慕の念と猜疑心の両方が膨れ上がってしまったのでしょう。
ついには、父への反逆という無謀な行動に走り、惨めに命を落としました。

一方、ダビデの思いを想像してみますと、王、父親という2つ立場の間で
さぞかし苦しかっただろうと思います。
アブサロムが罪を犯してから、ダビデは父親としての感情を抑えて、わが子に対して
「あの若者」と、距離を置いた呼び方を貫きました。
ダビデがアブサロムの父親に戻ることができたのは、アブサロムが戦死してからのことです。
上に引用した「サムエル記下9章」の始めに書かれたこの言葉は、
アブサロムを失ったばかりの父親ダビデの言葉なのです。

どうして、アブサロムと私が同じ性格タイプだろう、ということにこだわったのかといいますと、
私の属する性格タイプは自分にばかり関心を向ける傾向が強い、という面があるからです。
アブサロムの性格タイプが同じだとしたら、兄アムノンより自分は愛されていないかもしれない
という「自分の側」の寂しさに囚われて、父親ダビデの、個人の感情を犠牲にしている苦悩に
思いが至らなかったのではないか、と感じました。
ダビデのこの言葉に初めて触れて、両親の心の根幹にあったであろう、私に対する揺るぎない
愛や、それを認めない私という娘についての寂しさに、アブサロムと同じように、
私も気づいていなかったことに思い当りました。

今回、この箇所を読む機会を得たことは、
今後の私の生き方に大きな影響を及ぼすことを感じました。

† 父なる神さま、あなたに賛美と感謝を捧げます。
  ダビデのこの言葉を読んで、今、やっと、両親と本当に出会えた気持ちになりました。
  既に、あなたのもとに召された姑と私の両親が、
  今は地上でのすべての苦しみから解放されて、やすらかでありますように。
  親不幸だった私をおゆるしください。
        主キリストの御名によって。聖母マリアのお取り次ぎによって。アーメン。


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テーマ:宗教・信仰 - ジャンル:学問・文化・芸術

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