風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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子どもたちから贈られたもの その8 :: 2010/01/11(Mon)

江川下流 このテーマ、何とかして
 書き通したいのですが、
 なかなか強さが必要です。
 すべてが血を分けた子どもである
 私にとって良かれという周囲の
 大人の配慮から生まれたことでした。
 持たされた「転ばぬ先の杖」が
 私には重すぎたとしても、
それは周囲の大人たちの愚かなまでの愛情ゆえでした。

分かっていて、それがもたらした私の心の傷について言及することは、
親を侮辱するようで、罪の意識にさいなまれます。とても辛いです。

ある人は「親を愛しながら、憎んできた」と書きました。

私はといえば、とうとう親孝行らしいことをしないままに両親が逝ってしまった今、
親を憐れみながら恨み、後悔しながら、それでもそのコントロールから
解かれなければ・・・と感じています。
私が自由な心になることは、子どもたちの内的世界が
私という存在から完全に解かれることだと感じています。
こう書きながら、孫がいてもおかしくないこの年齢になって、未だに親離れが
済んでいない自分を認めざるを得ません。

            ・・・・・------★ 

「自己評価が低い方なんですね。」
1年前ほどまで、いろいろな方から、たびたびそう言われていました。
「ご自分をダメだ、ダメだと仰るから、本当に何も出来ない方なんだと思っていました。
 単なる自虐キャラだったのですね。」
教会で苦労を分かち合った若いパートナーには、そう笑われました。
でも、謙遜でも何でもなく、自分のやることなすことに全く自信が持てなかったのでした。

そういう私に「共依存という言葉を知っていますか。」と仰った方がいました。
そして、1冊の本を勧められました。
いきなりテーブルに置かれた本の、目に飛び込んで来たタイトルが、
私にはとても痛かった。いや、「痛い」なんてものではありませんでした。
奈落の底に落ちるとはこのことか、と感じました。

そして、とうとうこの日が来てしまったのだと感じました。

「アダルト・チャイルドが人生を変えていく本」
           /アスク・ヒューマン・ケア研修相談センター編

アマゾンでも購入できる良書です。

自我に目覚めたときから、常に感じてきた孤立感と生きづらさ。
「AC」である自分を認めたい気持ちと、認めたら、ますます強まるであろう
生み育ててくれた親への罪悪感とが、自分の内面に混在していることには
10年以上も前に気づいていました。
そこに、敢えて「合わない蓋」をしてきたのでした。

けれど、それを認めなくては、にっちもさっちもいかないところまで、
私は追いつめられていました。     
しかし、それは間違いなく、遅れめの内的成長を促す、
私についての神のご計画でもありました。 
   (まだ続きそうですね。尻切れトンボになりませんように。きついですね。)                      


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