風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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子どもたちから贈られたもの  その3 :: 2009/12/17(Thu)

2009 横浜駅東口かなりの年齢になるまで、
母は私にとっての神であり、模範でした。
母なしでは、私は生きてゆけないと思っていました。

自分がその強烈な愛情に保護されつつ、
傷ついてきたことを確信したのは、
35才のときでした。

自分がこの世で生き辛いことのカラクリが見えてしまったら、
親に愛されて来たという一つ一つの事実さえ見えなくなりました。
自分が親に対して赦されてきた我がままも
忘れてしまいました。分からなくなりました。

自分に与えられてきたことのすべてを疑うようになりました。
目に見え、手で触れることのできる母親を疑う者が、
目に見えない沈黙の神を疑うのは自然の成り行きでした。

母の期待に応え、母の自慢の娘になるために
消耗して疲れきっていた自分のそれまでを
来る日も来る日も悲しんでいました。

そして、私にしてみれば、神は暇つぶしのために私などを、
生きて生まれないチャンスがちゃんとあったのに、
それでも、この私などを世に送り出して見物していらっしゃったようにしか思えないのでした。

35歳からの私の内的な闘いは長いものになりましたが、その一方で神さまは、こんな私に
愛おしくてならない子どもたちを与え、不器用ながらも子育てをさせて下さっていました。
やがては、私の長い内的な闘いに、この子どもたちも巻き込むことになるのですが、
彼らは、確かに、私のような愚かな親のもとに「派遣」されたのでした。

   

「恵みに答えるには、まだあまりにも未熟であったが、
                       種は蒔かれていたのである。」 
                           ~フランス・デュ・ゲラン~
                 ・・・モーリス・ズンデル著「沈黙を聴く」1章より
                                /女子パウロ会・・・

            


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テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

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