風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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子どもたちから贈られたもの  その1 :: 2009/12/12(Sat)

アドベントリース クリスマスを待つ季節です。
 今日の晩から、待降節3週目。
 教会では、アドベントリースの
 3本目のろうそくに
 火が灯されます。

  †この同じ地上にあって、
  戦争に巻き込まれたり、
  自然災害に見舞われたり、
  保護してくれる大人のいない子どもたち、
  国土が水没の危機にある子どもたち、
  さまざまな不安のうちにある子どもたちを、
  私たちが心にとめ、
  自分にもできる援助を惜しみませんように。



カトリックといえば、聖母マリア、なのですよね。
でも、長い間、私には聖母への親しみという感情が分かりませんでした。
いや、今も本当は分かっていないのかも知れません。

聖書に書かれている神が「熱情の神」なら、私の母は「熱情の人」だったのでしょうか。
私の祖母である姑と、私の父である夫の絆が強いので、母は家庭では、孤独な人でした。
その寂しさから、母がその情熱の大部分を子どもたちに傾けたのも無理からぬことでした。
私は、かなり長く母親を神のように仰いで成長しました。私は母の夢を完成させるために
人生の4分の1ほどを歩んだといえましょう。
そのためか、いざ、母のもとを離れ、独立した一個の人間として歩もうとしたとき、私には
「母性とは何ぞや」からして、分からなくなっていたのでした。
いやいや、自分というものさえ失っていた感じなのですから、
母性を云々できる状態ではなかったのです。
やがて縁あって結婚し、恐ろしいことに、そんな心のままで母親になったのでした。

ミケランジェロのピエタ(参考:サルヴァスタイル美術館)という作品があります。
そのレプリカが東京都文京区の東京カテドラル聖マリア大聖堂にあって、あるとき、
長い間佇んで見つめていたことがありました。美しい彫刻で、
子どもに先立たれた母親の悲しみをよく表していましたが、共感できたのはそこまでで、
マリア様を敬愛するまでには至りませんでした。

自分のそういう感情を、ある神父様にお話ししたことがありました。
すると、その神父様は、母親としてのマリア様ではなく、自分の身に起きるどんなことについても、
じっと胸におさめ、思いを巡らしていらっしゃったマリア様の在り方の大切さを話してくださいました。

強すぎる愛情のために、私の喜怒哀楽までをも無意識のうちの支配した母親であろうと、
私には確かに母がいて、言葉を交わしたこともない2千年も前に生きた外国の人を
母親のように慕うことは、あまりにも難しいことでしたが、そのときから次第に、
聖母マリアは、私にとって母親としての理想像というよりは、
信仰者としての生き方を倣う対象となりました。


            ‥…━━━━━☆‥…━━━━━☆

なお、やなぎはっかは、またまた忙しくなってしまいました。
当分の間、お返事が書けませんので、
「コメントを受け付けない設定」にさせていただきます。
申し訳ありません。記事は、可能な限り更新したいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。


            ‥…━━━━━☆‥…━━━━━☆


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