風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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出エジプト記32章から :: 2009/09/10(Thu)

「今、もしもあなたが彼らの罪をお赦しくださるのであれば・・・。
もしも、それがかなわなければ、どうかこのわたしを
あなたが書き記された書の中から消し去ってください。」
                        (出エジプト記32.32)


                        ・・・・・・------★                     

ふと、考えました。
「かたくなな民イスラエルには、罪の自覚がないままに過ちを重ねた人もいれば、
むしろ罪に苦しみ、罪に囚われ、許されることを拒むほどの
暗黒に陥っていた人もいたに違いない」と。

「熱情」と自らを名乗った神は、その御心がなかなか届かない悲しみゆえに、
罪悪感に囚われる人にも、苛立ちや怒りを顕にされるのでしょうか。

今、私は自分を許すことができません。
神にも人にも心を開くことができません。

「10月中旬を過ぎたら、心身ともにゆとりができるから。」
と、我慢を強いてきた父の死は、周囲の者の想いを裏切るかのような、
突然の死でした。

仕事人間の父が生涯で初めて寂しさを訴えるようになったのは、最近のことでした。
もう少しで、それに応え、娘としての罪滅ぼしができると思っていたのに、
父はそれを許さないかのように、突然、逝ってしまいました。
たとえ、父が「そんなことはないよ。」と、私を許してくれたとしても、
私は自分が許せません。

そんな私を教会の皆さんが思ってくださり、祈って、
神さまに執り成して下さっている・・・。
そのことだけは受けとめています。

かたくななイスラエルのために、神にお願いするモーセ。
神様の慈しみに対して、かたくなになっている私には
特別な場面になりそうです。

†神さま、寂しかった父を慈しんでください。
 あなたを知らなかった父を、今、まことの憩いに招いてください。

 私は今日も、誰かにあたたかく語りかけられることにも、
 罪の意識を覚えてしまいます。
 神さまが私を許して下さっても、
 父に孤独を押し付けた事実は消えることはありません。

 けれど、私の代わりに祈ってくださる方がいらっしゃるので、
 いつかこの事実を抱えたままでも生きていきたいという力をいただけますように。

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テーマ:生きること - ジャンル:心と身体

  1. 今日の想い
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