風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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「冷徹な娘」 :: 2009/08/22(Sat)

             大桟橋からみなとみらい

ずいぶん昔になるが、ある修道会の日帰り黙想会に定期的に通っていたころ、
参加していたとてもご高齢の方が、
「年を取りますと、ふっと寂しくなることがあるのですよ。」
と、仰っていた。

その方は、戦前は恵まれた境遇にいらっしゃったが、戦争の終結と共に
ご苦労を重ねて来られて、若くしてご夫君を亡くされていた。

気丈に、しかも献身的に生きて来られた、穏やかな方だった。
日々の出来事の一つ一つを、神様が引かれた設計図と受けとめていらっしゃる方が見せた、
束の間の弱さだった。

ふるさとの父に「電話しなくちゃ。」と焦るとき、そのときのことが頭をかすめる。

普通では、ちょっと考えられないようなわがままぶり、あまえぶり。
好きなことのためなら、すたすたと歩き出すのに、
24時間介護が必要な病人のように、悲劇的に振る舞うことが多い。
父は確かに重病を抱えているに違いないのだけれど、
自ら寝たきりになりたがっているように、冷徹な娘の目には映ってしまう。

テレビドラマに描かれるような介護を求める父の要望に応えようとしたら、
1日が1万時間あっても足りない。
父は理想の介護を求め、一つ一つが不満で、介護する人を休ませないだろう。

父もあのご高齢のご婦人が、ふとお気持ちをもらしたように、
何とも言えない寂しさに襲われているに違いない。分かっている。
まして、優秀な姉と弟に挟まれて、父親に疎まれて成長した父だから、
その寂しさには「見捨てられ不安」も伴うのだろう。それも分かっている。

分かってはいるのだが。

イエスさまなら、どう動かれるのだろう。
「どう思う」のではなく、「どうなさる」のだろう。

素直に受け入れ難い理由があるとはいえ、答えは出ている。


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テーマ:生きること - ジャンル:心と身体

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