風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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今を、ありのままに・・? :: 2008/04/08(Tue)

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     ある神父様が、私たちに向かって、次のような例をあげられました。
 
     「ヒッチハイカーがいて、行きたい場所を示す紙を掲げています。
      『ここ以外のどこでも良い』『今以外のいつでも良い』と。」

     これは、現代を生きる私たち殆んどの心境と同じだそうです。

     そこで、私自身を省みました。
     すると、いつでも「現在」に満足できない、自分の未熟さに思い当たりました。

     本当の私は、こんなはずではない、という焦燥感を、私はずっと抱えてきました。

     そして、心が「今の私自身」から離れて、自分が今より良くなっているはずの未来や、
     今よりマシな自分でいられたはずの過去へとさ迷いがちであることに気づきました。

     改めて、「今を生きていない私」に気づかされたのでした。

     ところで、日本語の「生きる」と「息」とは、同じ語源から来ているそうですが、
     こうして「今を生きていない自分」に気づいて、
     自ら感じてきた人生の息苦しさを思わずにはいられませんでした。

     どんなに望んでも、時空を思いのままにすることができない、
     「限界の人」
としての私は、
     「『今』と『ここ』」以外では生きてはいけないのに、それを受け入れられないために、
     「心の呼吸」みたいなもののバランスを崩してしまうのかも知れません。

     「今、ここ」に居る私を受け入れることは、
     今のままの私を、ありのままに許し、認め、肯定することなのだと思います。

     でも、それは、とても謙虚な在り方ですが、
     私が認め、肯定したい「今のまま、ありのままの私」に気づくことは、
     思い上がった凡人である私には、未来や過去に飛んで行くより難しい気がします。


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  1. 今日の想い
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