風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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死によって与え得るもの・・・大げさかもしれないけれど。 :: 2009/08/14(Fri)

大桟橋から中華街方面 2 やなぎはっかは、これから、
 腰痛対策のために
 作業スペースの模様替えを
 始めます。
 大掛かりな模様替えですので、
 徹夜仕事になるかもしれません。
 
 それで、ズルします。kao絵文字名を入力してください

↑野暮用のついでに横浜の海を見てきました。

 絵文字名を入力してください最近、あるところに書いた文章をそのまま掲載させていただきます。
   前にも、そんなズルをしたことがありましたよね。顔文字1(背景黒用)

          ・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆

「改正臓器移植法成立に(主婦が)思ったこと」

失明を免れた10年程前、通院していた大学病院のアイバンクに登録した。
続いて黄色いドナーカードも持ち歩くようになった。
生き物としての死を迎える時、せめて生きたいと望む誰かの役に立つならと、迷いなくサインした。
わが身の提供については、問題はなかった。
だが、改正臓器移植法成立の報に、四年前の病院での母の死を顧みた。
意識、痛みへの反応ともになく、自発呼吸ができない母は、か細い脈を刻んでいた。
母が小康状態なのを見て、兄が忘れ物を取りに家に戻った直後、母の脈は乱れ始めた。
兄は母の拠り所だった。
私は母の耳元で、兄が帰るまで死んではいけないと繰り返した。
母の消えかけた脈は、声をかける度に回復し、兄が病室に戻ると、
母はそれを確認して安心したかのように息を引き取った。
あれ以来、分からなくなってしまった。心臓が止まる迄の半日位、母は死んでいたのだろうか、と。
将来、本人の意思が不明のまま、親族として臓器提供を求められ、応じることがあってもなくても、
私はそれを死ぬ迄自問し、苦悩するのだと思う。
兄に最期を看取られるのを待つかのようだった母を見つめていた私は、
どう判断すべきか分からない。


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テーマ:生きること - ジャンル:心と身体

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