風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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実家訪問の1日 :: 2008/11/24(Mon)

遊歩道 グラウンド裏 老親と離れて暮らしていますと、
 さまざまなことで気を揉みます。

 何より厳しいのは、今日このときの
 親の様子を、直に目で確かめることが
 できないこと。

 これは、果てのない不安のもとに
 なります。

 私の父は、・・・いえいえ私自身も、
 相当に子どもっぽいので、
 お互いの身を案じての電話でさえ、
 くだらないことで、たびたび感情が
 ぶつかります。

 その挙句に、父と私の両方に苦味を
 残してしまったと、私のような者でも
 後悔の念に苦しみます。

が、そのこと以上に、実家の父の病状への不安がふくらんで、父の病状について、
悪いニュースを耳にしたくないあまりに、電話をすることにも、受け取ることにも、
強い恐怖感を覚えてしまうことがよくあります。

電話での喧嘩は、謝れば許し合えるわけですが、許される機会を失ってしまう
万が一の事態については、どうしようもなく恐ろしくて、その不安を乗り越えることが
なかなかできません。

1、2ヶ月に1度の実家への訪問は、私のそんな罪意識を一掃してくれます。
そして、訪問した後の数日間は、不安から解放されて、安らいだ日を
過ごすことができるのです。

今日、2ヶ月ぶりに父の顔を見て来ました。

前回訪問したときより、実家の雰囲気は穏やかになり、
医師がはっきりと説明してくれない、気になる痛みに耐えながらも、
聞いている私がいやんなっちゃうような、いつもの泣き言は
影をひそめてしまいました。

ときどき、老親の身を案じての焦燥感を棄てられない私なら、
生涯を親の面倒を見て過ごす道を選ぶべきだったか、と、
わが身を恨めしく思ってしまいますので、
こういう再会には大変慰められます。

高齢であるばかりでなく、大病と折り合いをつけて日々を送る
父ですから、今日の訪問が今生の別れになるかも知れないことを
覚悟しておくべきなのでしょう。

ともかく、今日、親子としての過去の様々な感情を、
お互いに胸に納めて、ともに時間を過ごせたことに感謝。

兄と兄嫁さんと、甥っ子、姪っ子の明るい持て成しにも感謝。


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テーマ:生きること - ジャンル:心と身体

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