風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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  1. スポンサー広告

私、頑張っていますよ!~野菜料理~ :: 2010/08/25(Wed)

キッチンに立つことを期待されるだけで、顔が青ざめるやなぎはっかの
野菜料理のご紹介です。

早速、漬けてみました(はぐらうり、きゅうり)即席漬け ←
 はぐらうり
 きゅうりは、
 野菜を洗う
 ついでに、
 早速、即席漬け
 にしてみました。









                    ↓さらに、そのついでに、茄子もぬか床に…。
                     ぬか漬け 茄子


戴いた食材から 2010.8.23
ゴーヤのてんぷら
おいしいですね
ゴーヤを半分に切ります。
今度はそれを

半分に切ります。
種とわたを取り除きます。
次に1~1.5センチ位の幅に
縦に細長く切ります。
それを塩でもんで、
10分ほど置きます。
水で洗って、
「コツの○○ない
 天ぷら粉」のように、カラッと揚がる天ぷら粉の衣をつけて揚げます。


「茄子のしんやき」って、ご存知ですか?
多分「茄子のしぎ焼き」が本当だと思うのですが、やなぎはっかが育った地方では
そう呼びます。母の得意料理でした。
やなぎはっかは、母が作ってくれた「しんやき」とは、ちょっと違うアレンジをします。
今回は、茄子、冷凍かぼちゃ、うす揚げ、生姜を使いました。^^;
茄子の切り方も、野菜・調味料の量も適当です。
料理下手なんだから、分量ぐらいきちんと計ればよいのにね…
生姜は千切り、茄子、うす揚げは食べやすい大きさに切りました。(^^ゞ
味噌、酒、みりん、砂糖を合わせておきます。
厚手の鍋にごま油(量は適当)を熱して、茄子と生姜を炒めます。
火力を弱めて、茄子に火が通るまで、よく炒めます。
茄子に火が通ったら、冷凍かぼちゃとうす揚げ(両方とも普通は入れません)を
鍋に入れて、ざっくりと混ぜ、味噌、酒、みりん、砂糖の調味料を加えて混ぜます。
調味料に火が通り、野菜と馴染んだら出来あがり…^^;


はぐらうりは、塩を振って、またまた即席漬けにしました。懐かしい味です。↑


ゴーヤの佃煮 さて、新盆見舞いの
 お客様用のお料理で、
 兄嫁さんが作った
 ゴーヤの佃煮
 美味しかったので、
 レシピをもらって
 きました。
 ←
 ゴーヤ500g
(さっと茹でる)、
 三温糖150g、
 醤油・大さじ5
 五倍酢20cc。
 仕上げに、
かつお節10g、白ごま・大さじ3を入れて混ぜる。


五倍酢というのは、農協でしか手に入らないとのことで、普通の食酢にしました。

もらってきた野菜は、まだまだ冷蔵庫にたくさんあります。
無駄なく、最後までいただきたいので、「はやうまレシピ」の元祖みたいな
栗原はるみさんのお料理本や、ネットを調べて調理法を選んでいます。


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  1. わたしの作品

大地の実り :: 2010/08/24(Tue)

大地の実り はぐらうり、かぼちゃ、きゅうり、にがうり、なす 写真は、
 今度の里帰りで
 兄嫁さんが
 「お裾分け~♪」
 と、持たせてくれた、
 茄子
 はぐらうり、
 にがうり
 きゅうり
 かぼちゃです。
 その日の朝に
 採れた野菜を、
 親戚のおじさんが
 どっさり持ってきて
 くれたそうです。


家に帰った直後から、旅の疲れで体を1センチも動かせなくなったやなぎはっか
でしたが、夜中に急にエネルギーが戻ってきました。
「野菜、洗って保存しなくちゃ!
だって、ありがたいありがたい野菜ですから。

次の記事で、お料理ダメ主婦のやなぎはっかの努力の跡をご紹介します。


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  1. 今日の想い

ご無沙汰です。(*^_^*) :: 2010/08/24(Tue)

        遥か埼玉県に発生した積乱雲だそうです。自宅踊り場から。10.8.23
 ご無沙汰しております。
 時が経つのは、本当に早いものです。
 昨年亡くなった父の新盆や一周忌で、今月は実家との間を行ったり来たりしておりました。
 この夏の暑さは実家があります茨城も、神奈川と同じように厳しいものがありました。
 攻撃的とさえ感じられるちりちりした太陽光線のもと、
 土埃が舞いあがる乾いた熱風の中では
 お盆は「静かなよいお盆」と挨拶できず、
 一周忌も、集まってくれた父母のきょうだいたちには高齢化が進み、
 しみじみと手を合わせることよりも、1秒も早くおじやおばを日射しから「避難」させることで
 頭がいっぱいの墓参となりました。

 本当にいつまでも暑いですね。昨日は神奈川のわが家から見えた発達した積乱雲に、
 束の間の夕立でも、と期待しましたが、やはり降雨はなく、気温が下がらないままの
 蒸し暑い夜を過ごすことになりました。

 皆さま、長くて特別に暑くなりそうな今夏を、どうぞ、気をつけてお過ごしください。
   

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  1. 日々のこと

「歩く拡声器」と褒められた? :: 2010/08/11(Wed)

マリーゴールド 2 「いやあ、
 やなぎはっかさん、
 大したものですねぇ
 あなた、歩く拡声器
 ですねえ
 と、喜んでよいのか
 分からない
 お褒めの言葉に
 与りました。

 実は、たまたま、
 ミサ準備の当番のミサが、
 最近亡くなられた信者さんの
追悼ミサとして、捧げられることになりました。

月に1度の当番の日、「万年新米ボランティア」の私は「粗相があってはいけない」と、
それだけでも、かなり緊張しています。

ところが…。

もう、入堂のために聖書朗読者や侍者の方が聖堂の入り口に立って、
いよいよミサが始まろうという頃、神父様から急なリクエストがありました。

「今日の追悼ミサを依頼された皆さんは、ほとんどの方がカトリック信者では
 ありません。どの聖歌集の何番の聖歌を歌うか、進行役をお願いします。」

え?…神父様、私はマニュアル人間だと、いつも申し上げているではありませんか…。

マイクの準備もありません。第一、マニュアルがありません!
その上、近眼+老眼の私、薄暗い大きな聖堂の最後部からは
聖歌の案内板の文字が見えません
更に、ミサの準備係には、ミサ中にもいくつかの「仕事」があります。

え~い!ままよ!!!

2曲目までは、大慌てでしどろもどろでした。
どさくさの中で、前の方の聖歌の案内板に近い席でこれから歌う聖歌をささっとメモして、
あちこち歩きまわって、他のことを片づけながら、
「赤い聖歌集の何番です。」と、進行役を続けました。

「もう、いいや!
 このやり方について、仮に神父様に叱られたとしても、
 神さまは許して下さっているのだから。」


気がつくと、私はこのように開き直っていたのでした。

神父様の名誉のために申し上げましょう。
「神父様、もたもた、うろうろ、落ち着かなくて申し訳ありませんでいた。
と、あくまでも謙虚な?やなぎはっかが申し上げますと、
「いえいえ、急に思いついた私の方こそ、ごめんなさい。
 おかげで、ミサに慣れていらっしゃらない方が歌いやすくなりました。

今回のことで、自分のこの1年半ほどの間の成長と変化について
すごいぞ!と思ったのは、1曲目と2曲目のアナウンスが
明らかにしどろもどろであったにもかかわらず、
開き直り、ショックに陥ったりしなかったことでした。
1年半前の私でしたら、完璧でなかった自分が許せず
「教会なんか嫌い病になり、そのまま「世間嫌い病」へと重症化したことでしょう。

些細な出来事でしたが、私にとっては素敵な事件でした。

きっと、自信に満ちて自ずと大きな声が出たのでしょうけれど、
歩く拡声器の評価につきましては…。 イッショウ、ワスレナイカラネ!
まあ、天国では、あこがれのオペラ歌手にでもなりますか


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  1. 未分類

寂しさを越える :: 2010/08/08(Sun)

真夏の終わり  誰の心も寂しいはず。
 それは自然なこと。

 慈しまれるために
 造られた被造物は、
 慈しまれることを
 望んで生まれてきた。
                      そして、
                      これが寂しさの根源。
 
                      寂しさは
                      寂しいのが
                      自分ひとりだけではないことを
                      分かりにくくするものらしい。

                      かつての私もそうだった。

キャンドルナイト 07・06・22        けれど、
        寂しさが喉元の塊のような
        嗚咽になるとき、
        それをじっと胸に納めて、
        囚われた視線を
        周りに移したら、
        私の喉元の氷のような塊は、
        なぜか、
        ともし火のあたたかさを
        放ちはじめた。

                      自分自身に釘付けにされた視線を
                      周りに向けただけで、
                      そばに居る誰かに
                      すがりつきたいような甘えで
                      お互いを蹂躙し、
                      あるいは、
                      強がりでお互いを隔てた
                      破れだらけの心の壁は、
                      自分の手で引く
                      しなやかな境界線に生まれ変わった。

                      そこは自分の確かな居場所となった。
                      心を開き、
                      私を訪れる人の中の造り主と出会う場所。


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  1. 未分類

原爆の日に。 :: 2010/08/06(Fri)

しずく 今日は祈りの日。

 太平洋戦争が
 終わって、
 11年後に
 私は生まれた。

 父も母も
 学徒勤労動員と
 空襲を体験し、
 特に父は
 東京大空襲を体験した。

それからわずか11年後に生まれたというのに、私は東京の焼け野原さえ知らない。

その戦争が終わって65年。
テレビの画面には、
すでに年老いた被爆者の皆さんが、それぞれの病気をおして
炎天下の平和記念公園での平和記念式典に出席している様子が映し出された。

生涯でもっとも辛く、できれば思い出したくない被爆体験を、
それでも強い使命感を帯びて語り続ける皆さんに、
私は神の強い照らしを受けて、いのちをかけて語った預言者たちを
重ねて見てしまう。
それなら、彼ら「語り部」たちの言葉に耳を傾けなくては。

最近、息子が私に言った。
「日本に生まれたのだから、広島と長崎の原爆資料館には
 一度は行っておくべきだと思うよ。」

ああ、そうしよう。出来る限り、近いうちに計画しよう。

この大地に命与えられし者たちへ


平和は蜃気楼(しんきろう)
のようなものだ
決して掴(つか)み取ることが
できないもの

だが
いつまでも
追い求めなくてはいけないもの


~「この大地に命与えられし者たちへ」~
  写真・文 桃井和馬/清流出版





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  1. 今日の想い

後悔 :: 2010/08/02(Mon)

天上からの光 母親を神のように
 敬っていたあのころ。
 私自身、すでに結婚し、
 母親の立場にありながら、
 母が死んだら
 生きてはいけないと怯え、
 その日を想像しては
 夜中でも起きてしまった。
 それは、
 「私はきっとACという
 やつなんだな」と、
何となく自覚するようになってからも続いた。それはそれは、長いこと。

死の少し前、いよいよ容態が悪化したとき、ぎりぎりの選択として、
母は人工透析を受けるか否かを病院から迫られた。

どうしようもない大病院。
医師に説明能力がなく、患者がいよいよになると病室に放っておくだけ。
ばかばかしいほどの規模だけを誇る地方の拠点病院。

しかし、そういう重大な決断のとき、サインが必要なとき、
なぜか私だけしか母のそばにいなかった。

「どう思うか。」という母に、
「私は自分の親だから、生きてほしい。長生きしてほしいのが私の願いだ」と答えた。

母は人工透析を受けることにした。
「×子(私のこと)がそう言っているから。」と、そう決心したという。

しかし、1日1日をやっと生きている弱り果てた患者の体に、
人工透析は思いの外、負担が大きかった。
私は、母が回復すると信じていた。
病院としては、今日の危機を切り抜けるための一か八かの
ぎりぎりの選択だったのかもしれない。
私は聞かされていなかったけれど。

その数日後、いつものように自宅から3時間かけて母の病室に行くと、
「お前が長生きして欲しいなんて言うから、人工透析を受けたのに、
 こんなに酷い目に遭うとは思わなかった。お前のせいだ。
 こんなことなら死んだ方がましだ。」
と、私を睨みつけた。
それが、私にとっての母の最後の言葉となった。

ならば、あのとき、日頃から異常なまでに死に対して恐怖心を示す母に、
「もう、十分に苦しんだのだから、
人工透析をしてまで命を延ばすことはないでしょう?」と答えたら、
母はどんな反応をしたのだろうか。

そういう人だった。父も母も。
誰のものでもない、自分の生き死にさえ、
自分で責任を取らない幼児性を抱えた人たちだった。
神を知らなかったら、母の死に責任を感じて、私も死んだのだろう。

でも、なぜか知らないが、傷つきつつも母の死を乗り越えられた。
あの日から、夜中に私を叩き起こした不安が消えた。

だからといって、後悔の念から解き放たれたわけではない。
両親との間の物理的な距離の限界の中で、
自分なりにできるだけをしたつもりだったが、
人間という肉の衣は悲しいもので、父のときも母のときも
最後の最後に、それまでの努力が一切無に帰すような事態を招いて、
後悔することになった。
それは、泣くことも自らに禁じるような後悔なのだ。

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