風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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追悼歌~伯父へ~ :: 2010/07/31(Sat)

rose 2 とどのつまりは、
 生まれ、生きて、死ぬ。
 それが生命(いのち)あるものの
 一生というもの。

 ただ、
 それだけのことなのに、
 一つの生命(いのち)が終わるとき、
 どうしてこれほど、
 悲しみや、痛みや、苦しみや、
 懐かしさが生まれるのだろうか。

     それはきっと、
     一つ一つの生涯に意味があることのしるし。

     慈しみ、慈しまれる
     生命(いのち)の能力というもの。
     
     この力を思うとき、
     この世での生命(いのち)を閉じた、その先が
     ただの無に過ぎないなど、どうして言えようか。

     今日、見送った私たちの伯父は、
     今ごろは夭折した息子を
     抱き上げているに違いない。


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  1. 今日の想い

「居場所」に立ち続けるしたたかさ :: 2010/07/29(Thu)

水と聖霊 少し前まで、過去と未来に
 思いを馳せて、
 「今このとき」
 うまく生きられず、この世で上手に
「呼吸すること」ができなかった私が、
 いつの間にか、あの得体のしれない
 不安な気持ちを忘れて、
 些細な出来事に取り乱すこともなく、
 こうして強かに
 立っていられるようになりました。
 
 思えば不思議なこと。
 どうしてなのかと、ときどき考えます。

 そう。
 ときどき、です。
自分を眺め、自分について絶えず
あれこれ考えている時間が、私にはなくなりました。
何と心地よい瞬間瞬間なのでしょう。ありがたいことです。

日々、自分について絶えずあれこれ思い煩い、
些細な出来事に取り乱していたあの頃、
私は、自分が正しく理解されることに躍起になったものでした。
自分を分かってほしいと、くどくどと説明したい衝動に駆られたものでした。
けれど、誰もが自分の日々のあれこれに忙しいのが当然のこの世に、
私の「言い訳」や「自己顕示」に時間を取れる人などいるでしょうか。

「強い感情が湧きあがっても、一旦自分の胸に納めてみること」と、
アドヴァイスされたことがありました。
rosario b
小さなことにプライドが傷ついて、
心が乱れそうになったとき、
…カトリック教徒には「ロザリオ」
という単純な祈りがあるのですが…
イエスの生涯を思い描きながら、
ロザリオを爪繰り、
じっと祈って、そのときどきの感情を
心に納めることにしました。
そんな日々を重ねました。

そして、気づきました。
「人間は完全に造られたわけではないのだから、私がこの人に、
 あるいはあの人に、理解されなくてもよいのだ。」
と。

あのアドヴァイスを下さった方への感謝の念を忘れてはいけませんね。

そして、気がつけば、私は決して完全に理解されてはいないけれど、
「お願いしてもいいですか?
「ありがとう
「ぜひ来て下さい
「私のことも誘ってくださいよ
こんなふうに、声をかけられるようになりました。
私なんかでも居てもいい…そんな居場所が確かに足元で固まりつつあるのですね。

そして、その居場所が、私にとって親しみのある場所になればなるほど、
家庭の在り方と似て、それなりの葛藤も生まれます。
そんな当たり前のことに潰れない強かさを、
今の私はいただいていることを感じています。

54歳。「育ち遅れ」の感はありますが。


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  1. 未分類

正解を求めないことも、正解かも…かな? :: 2010/07/26(Mon)

梅雨明け つい最近、
 私より若い1人の友人と、
 何となく
 おしゃべりしました。
 
 お互いに、日常の
 「いやんなっちゃうわね
 を話しているうちに、
 彼女が
 「人生に『正解』なんて
 ないですものね。」

 と言いました。
 
 その言葉に、どこか
 懐かしさを覚えながら、
  
 「そうね。
 決まりきった正解が
 あったら、分かち合い
 なんていらないわよね。」

と応じた私の気持ちは、その友人も参加しているあるグループへと
飛んで行きました。

「分かった。ときどき、あのグループにどうしても馴染めない気持ちになってしまう理由が。

グループがたった一つの正解を求める雰囲気に偏り始めると、
何か、競争心、「勝ち負け」の感覚のようなものが、生まれてくるような気がするのです。

そういえば、善意で参加するボランティア活動にしても、
それに訓練が必要になってくると、「誰が最もよく出来たか」など、
訓練の過程で勝ち負けを意識して、とても辛くなったことが過去にありました。
教会活動にも同じことが言えます。
こんなふうに、辛くても「正解」が必要なときがあります。
「正解」を認める謙虚さが必要なときなのだと思います。

ああ、でも、私だけにしか生きられない私の人生
どうして、この私の浅知恵を振り絞った「正解」に縛られることがありましょうか。

人生の「正解」は全能の「あの方だけがご存知です。

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  1. 今日の想い

「人間の役割」~「生命がめぐる星―地球―」から :: 2010/07/23(Fri)

生命がめぐる星―地球―


 

 「生命(いのち)が
     めぐる星
    ―地球―」

    桃井和馬・著
    フレーベル館











死を間近に感じていたある人が、親友に「○○君、人生に無駄はないね。」と
語ったと、人づてに聞いたことがある。
人生の終わりごろ、自分の生涯を振り返り、こうして肯定できる人は
幸せなのではないだろうか。
その人に寄り添う周囲の人の心の奥深くにも、多くのものを残すに違いない。
人生には無駄がない、一つ一つに、一瞬一瞬に意味がある…。
だから、毎日のありふれた出来事も、喜びも試練も、丁寧に味わいたい。
そういうふうに生きられたら、
「いのちといのちとの出会い」のようなものが見えてくるのかもしれない。

1人1人の人生に無駄はない。
そして、その1人1人の生命、人生を包み込む地球上の自然の営みにも、
無駄のない仕組みが組み込まれている。

桃井和馬さんの写真集「生命(いのち)がめぐる星―地球―」を手にして、
巨大なアフリカゾウから、肉眼で見ることのできない細菌に至るいのちの営みを、
アフリカ、アジア、南アメリカの国々の大自然の中で、
丁寧に撮影された作品を見ながら、そのことを改めて思った。

「すべての生命(いのち)には役割がある。」と、著者・桃井さんは語る。

「風は地球の呼吸だ。」「水は地球の血液だ。」「大地は地球の皮膚だ。」…と、
桃井さんは、私たちが反論する言葉を見出せないだけの事実を突き付ける。

いつの間にか、人間が謙虚さを失い、すなわち人間としての気高さを失い、
私利私欲に走り、私たちのいのちを育んでくれる地球の生命線を平気で
傷つけ続けている事実を、桃井さんは時には「空を飛ぶ鳥の視線」で、
時には「地を這う虫の視線」で撮影し、分かりやすい言葉で語りかける。
それが今度は、私たちに「人間の役割とは何か」ということを突き付ける。

この本を紹介しようと、表紙をスキャンしたら、大写しになった像の目から
涙が流れていることが分かった。読み終えた私には、
危機に瀕しているアフリカゾウが
なおさら悲しげに何かを訴えているように感じられてならなかった。

桃井さんの本はAmazonでも購入できます。
桃井さんのホームページは、です。



この大地に命与えられし者たちへ


「この大地に
命与えられし
者たちへ」
   
写真・文 桃井和馬

清流出版

       





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  1. この1冊

大雨の下に暮す友人たちへ~お見舞い申し上げます。 :: 2010/07/15(Thu)

↓瀬戸内海(山口県)
photo.jpg 眠れない不安な夜が
 何日も続いて
 いらっしゃることでしょう。

 テレビの画面を通してさえ
 こんなに恐ろしい
 光景なのですから、
 そのただ中に
 お住まいの皆さまは
 どんなに怖い想いを
 なさっていることでしょう。

 さらには、
 そんなご家族を
 家や避難所に置いて、
 住民の方々の安全を
 守るために働く皆さまも
 いらっしゃいます。

私には今、祈ることしかできず、
そして、「お気をつけください」くらいしか言葉のないことを
申し訳なく存じます。

どうか、どうか、早く雨が上がりますように。



  1. 祈り

模索 :: 2010/07/08(Thu)

見上げたら、山吹

 お互いに助け合うことなしには、
 信仰は絶対に成長しません。
 ~略~
 教会にいっしょに行く人がいないとき、
 信仰を成長させることはむずかしいのです。
 自分が教会に行きたくないときにも、
 一緒に行こうと言ってくれる人、
 自分の喜びや苦しみを一緒に話し合える人、
 そういう人がいれば信仰も成長します。
 私たちは弱い弱い人間ですから。

     …「キリストとその教会―カトリック要理解説―」
                 /百瀬文晃著/中央出版社…


教会という場所は、安心して弱音を吐けるところかしら、と、たびたび感じて来ました。

たとえば、私は昨年夏に父を亡くして、そのことについては
相変わらず強い後悔の念にさいなまれているのですが、
「そんなことはないか」と、殆んど同時期に親御さんを亡くされた方に
何気なく訊ねてしまったら、
「後悔があるのは、信仰が足りないから。
私は神さまに何もかもお任せしているから後悔なんてしないわ。」と、
私の薄い信仰をたしなめられました。

あらまあ、ご立派なのねえ…

こういう、神父様顔負けの「お説教」、神さま顔負けの「裁き」に遭いますと、
自らの悲しみ、苦しみに素直であることの大切さを感じないではいられません。
(むしろ、神父様の方が弱虫、泣き虫だったりして…

難しいお話にしないで、肩肘張らず、ほわほわ~っとした場を
設けられたらなあ、と、模索しています。


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