風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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  1. スポンサー広告

 どんなに祈っても祈っても…「たとえ、遅くなっても、待っておれ」 :: 2010/06/27(Sun)

買い物帰りの紫陽花 2010

 それは終わりの日に向かって急ぐ。
 人を欺くことはない。
 たとえ、遅くなっても、待っておれ。
 それは必ず来る、遅れることはない。」
           ~ハバクク書 2:

 わたしの立っているところは揺れ動いた。
 わたしは静かに待つ
 我々に攻めかかる民に
 苦しみの日が臨むのを
           ~ハバクク書 3:16


     「主よ、わたしが助けを求めて叫んでいるのに
      いつまで、あなたは聞いてくださらないのか。
      わたしがあなたに『不法』と訴えているのに
      あなたは助けてくださらない。」(ハバクク書 1:

預言者ハバククが主に対して、嘆きの祈りを繰り返します。
人が自分のまことの想いを誰かに訴えるときは、
無意識にも相手が信頼できる人物かを見極めるだろうと思います。
ハバククは絶対に間違えることのない方、神に向かって、全く信頼して、
自分の嘆きを隠さずに「なぜか?」と訴えたのだと思います。

それにしても、どんなに祈っても祈っても、
神の存在そのものを疑いたくなるほどに、
置かれた状況がよくならないことが、私たちにはたびたびあります。
どうしてかは、私たちが立ち入ることのできないこと…。

わが家にもそれなりの問題があり、将来を案じたり、
焦ったり、ときとして心配ごとのために、
愚かな母親は眠れない夜を過ごしたりするのですが、
どうしようもない現実の中で、
静かに待つことの中に、なけなしの希望を感じたりします。

「わたしの立っているところは揺れ動いた」とありますが、
それが危機に陥ったときの人の心のように感じられ、
そんなときにも、たとえ心の中は畏れで震えていても、
ともかく神さまに信頼し続けること、静かに待っていること、
そこから、新しい力が湧いてくるような想いを抱きました。

†神さま、日々の生活の中であなたを信頼し続けることは
 本当は難しいことです。
 どんなときもあなたがそばにいらっしゃるのに、
 ついつい、それを忘れてしまうほどに難しいことです。
 どうぞ、目にも見えず、耳にも聞こえず、手で触れることもできない
 あなたを信じ、信じ続ける力をお与えください。
 あなたは、確かにおいでになり、
 あなたのみ旨は、たとえ遅くなっても必ず来て、遅れることはないのですから。


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  1. 今日の想い

忙しさの中で生まれたイラスト :: 2010/06/09(Wed)

いよいよ、次の日曜日に迫ったイベントを控えて、
もう一つ印刷物関係のお手伝いがありそうな気配です。

教会全体が一つのイベントに向けて忙しくしている中、
準備に参加したくてもできない状況の友人のことを思えば、
人生において、何らかのことで、ほんのひとときでも
お手伝いをさせていただけるのは幸せなことです。

日々の生活の中で、落書き、いたずら描きさえできない中で
たまに描く「ぶっつけ本番」のイラスト。
日夜研鑽を積んでいらっしゃる皆さまに叱られそうな
下手な作品ですが、今回のために描いて、豆粒大に縮小して
配布物に載せたイラストです。

魚釣りゲーム




←A4の用紙に印刷する
 内容盛りだくさんの配布物に
 これを入れては、伝えたいことが
 伝わりにくくなりそうで
 掲載するのはやめました。

 ここで初お目見えです。

 「魚つりゲーム」の様子です。





   聖母像 b    パドヴァの聖アントニオ像    ベビールーム b
             ↑この3つは、豆粒大にして掲載しました。
              豆粒大にして、稚拙な筆をごまかしました。

さあ、当日は、猫の手の方がマシなうどん屋さんに変身します。



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  1. わたしの作品

あなたは、辛抱強く待ち、赦し抜いてくださった :: 2010/06/08(Tue)

むらさきサルビア?

「しかし、お前たちは、
 都を造られた方に目を向けず
 遠い昔に都を形づくられた方を
 見ようとしなかった。

 その日には、
 万軍の主なる神が布告された。
 嘆くこと、泣くこと
 髪をそり、粗布をまとうことを。

 しかし、見よ、彼らは喜び祝い
 牛を殺し、羊を屠り
 肉を食らい、酒を飲んで言った。
「食らえ、飲め、
 明日は死ぬのだから」と。
万軍の主はわたしの耳に告げられた。
「お前たちが死ぬまで
 この罪は決して赦されることがない」と
万軍の主なる神が言われた。
                ~イザヤ22:11-14


「食らえ、飲め、明日は死ぬのだから」は破滅的で、悲しい表現です。
父なる神は、その様をどのような想いでご覧になっていたのでしょう。
泣きながら悔い改めるべき日に、わが子である民が、
「食らえ、飲め、明日は死ぬのだから」と、
どんちゃん騒ぎをしているのです。

でも、「明日は死ぬのだから」という一節に、
ちょっと前まで私自身が似たような思いに囚われていたことを思い出し、
その当時に一気に引き戻された気持ちになりました。

あのころ、私はカトリック信者ではあったけれど、確かに
「都を造られた方に目を向けず/遠い昔に都を形づくられた方を/
 見ようとしなかった」ような状態だったこと、
しかし、そんな私にまで、雑魚にも満たない私にまで、御まなざしを
注いで下さっている神さまの、子を思う親のような悲しみを
無視し続けていたこと、
それなのに私が信じている神さまは
「お前が死ぬまで/この罪は決して赦されることがない」とは仰らず、
辛抱強く待っていて下さり、赦し抜いて下さり続けたことを
思い出したのです。

今、あのころとは違って、私にはあたたかい友人たちが与えられ、
毎日を楽しく生活させていただいています。
この楽しさのうちに、私が思いあがることなく、誤ることなく、
あなたから与えられる毎日に感謝して過ごすことができますように。
何よりも、人とのお付き合いが苦手な私に、あなたが巡り会わせて下さった、
この友人たち1人1人を、大切にすることが出来ますように。
友人たちに感謝することを忘れない私にして下さいますように。
主イエス・キリストへの感謝のうちに。アーメン。


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  1. 今日の想い

「あなたはわたしの愛する子」 :: 2010/06/06(Sun)

千日小坊 この拙いブログに
 お越し下さる
 皆さま、
 更新が滞りまして、
 申し訳ありません。

 また、私の誕生日を
 あたたかいお言葉で
 お祝い下さいまして、
 本当にありがとう
 ございました。

 心から、感謝申し
 あげます。

おかげさまで、忙しい準備の日々の本番は次の日曜日ですが、
ようやく人並みの睡眠時間が戻ってきそうです。
しかし、そんなイヴェントとは関わりなく、日常の一部として
聖書の分かち合いは続きます。とうとうイザヤ書まで、読み進みました。

 

 たとえ、お前たちの罪が緋のようでも
 雪のように白くなることができる。
 たとえ、紅のようであっても
 羊の毛のようになることができる。
 お前たちが進んで従うなら
 大地の実りを食べることができる
              イザヤ1:18、19


「あなたは わたしの愛する子」(マルコ1:11
新約聖書には、神がイエスにこう呼びかけていらっしゃる場面があります。
これは、イエスばかりではなく、私たち1人1人への呼びかけでもある、
と、教えられたことがありました。

「あなたは わたしの愛する子、やなぎはっかさん

神は私にも、常に、こう呼びかけて下さっているそうです。
神は私たちを「わたしの愛する子」と呼ぶのです。

それは、旧約の時代からも同じことでした。
神は、ご自分を繰り返し裏切る民に激しく怒り、罰を与えながらも、
いつも神の民をご自分のもとに呼び戻したくてたまらない方でした。
「お前がたとえ過ちを犯したとしても、
 わたしに立ち帰るなら、わたしはいつでもお前を迎え入れる。
 お前の行いは一切忘れるよ。だから、戻っておいで。」
私たち人間は、傷つけられたことを容易に忘れられませんが、
神は、ご自分を冒涜された者も、ご自分のもとに立ち返ったなら、
過去の行いを敢えて忘れて下さるのです。

神にとって罪とは、神から離れることなのだと思います。

アハズという南ユダ王国の王さまがいました。
当時の南ユダ王国は強国アッシリアの脅威にさらされていました。
南ユダ王国の兄弟国・北イスラエル王国と近隣の国・ダマスコは、
アッシリアに対抗してアハズ王と同盟を結ぼうとしましたが、
アハズ王はむしろアッシリアに保護を求めました。

神ははイザヤを通して
「恐れることはない、静かにしていなさい」
と、ダマスコと北イスラエルの進軍に激しく動揺する若いアハズ王に
語りかけたのに、彼は目に見えない主には頼ることができずに、
目に見え、耳に聞こえ、手で触れることのできる、地上の力、
アッシリアを頼り、アッシリアの偶像崇拝に染まります。

しかし、どうしてアハズ王を笑えましょうか。
大軍が迫っているというような大変な場面で、
自分がアハズの立場だったら、「静かにしていなさい」という、
重大な決断を迫られて、「聞こえもせず、見えもしない神を信じて、
命を預ける覚悟」が自分にはあるのだろうかと考えます。

でも、仮に私が、アハズと同じような大罪を犯したとしても、
神は、私が神に立ち返ろうと思い立ったその瞬間から、
きっと、私を赦してくださいます。
「これは、わたしの愛する子、わたしの心に適う者」と。(マタイ3:17


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