風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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イタタ…(>_<; :: 2010/02/10(Wed)

早春 2  やなぎはっか、生まれて初めて、
  ついに、
  五…いえ、二十肩
  なりました。
  炎症を抑える薬と湿布を
  もらってきましたが、
  痛みが引かなかったら、
  金曜日に注射になりそうです。


注射はいやなので、今日は早めに休ませていただきます。

                  ごめんなさい。


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  1. 言い訳

ほめられサロン :: 2010/02/08(Mon)

             空からの贈り物
              先日の雪の日に。

いつも仲良くしてくださるおつかいぺんちゃんさんから、
のサイドに貼りつけたブログペットの「ほめられサロン」
教えていただきました。

自分をほめる出来事が見つからないとき、あるいは、
どんなふうに自分をほめたらよいのか、「考えたら、寝らンなくなっちゃ」ったとき、
どうぞ、試してみてください。

うまくほめられない自分に代わって、軽快な音楽とともに、
ブログペットが思い切りほめてくれますよ。

やなぎはっかは、ちょっと反省しました。
ほめられたいのは、私ばかりではないのですよね。
「関白失脚」した?、ウチの誰かさんも、ほめられたいはずですよね。


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  1. 日々のこと

子どもたちから贈られたもの その12 :: 2010/02/07(Sun)

             利根川河川敷・取手市
              利根川河川敷・車窓より


     母も居場所を求めていたのでしょう。

     母はリーダーシップに恵まれ、何事にも行き届き、
     その上「ものが分かった人」として、常に周囲の尊敬を集めていました。

     そんな母なのに、死の間際まで、私を傷つけないでいられなかったのは、
     母には甘えを赦される場所が、
     母と私との間にしかなかったからなのかも知れません。

     大勢のきょうだいの長女でしたから、祖母にとって、娘である母は
     頼りになる「助手」だったのかも知れません。
     弟や妹たちにとっては、母親代わりだったのかも知れません。

     無意識のうちに、緊張した感情を吐き出す場所を、
     母は求めていたのかも知れません。
     思い切り呼吸できる場所を求めていたのかも知れません。

     まことに幸せな人なら、
     その場所を、幼いわが子に求めることはなかったのでしょう。
     まことに幸せな人なら、
     自分の居場所がどこにあるかを知っています。

     …でも、私の子どもたちが幼かったころ、
     私も子どもたちのうちに
     自分の居場所を求めていました。


     おかあさん、私は今日、あなたの寂しさに触れました。


                 ~用事があって、実家に行きました。お墓参りもできました。~


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  1. 未分類

子どもたちから贈られたもの その11・後記 :: 2010/02/06(Sat)

自分のものの見方を変えてしまいそうな気づきを
文章にするということ。そのときの、こみ上げるような心の動きを
読んで下さる方に伝わるように表現するのは難しいことです。
気づきとはあまりに主観的なものですから、
説明のしようがなく、1人1人が「体験」して理解する以外に
方法がないのだと思います。
イエスさまが、1人1人と出会う方であることと似ているのかも
しれません。
実際、「気づくこと」とは「イエスとの出会い」であると、
私はたびたび実感します。

昨日は、自分の性格タイプについて、少し言及しました。

性格とはどうしようもないもので、自己嫌悪型の私は、
私の属する性格タイプの長所に触れることに抵抗を感じてしまうのです。
なぜなら、同じ性格タイプと思しきアブサロムの長所に触れることは、
自分の長所をも認めるということなのですから。
…そんな、はしたない…。

でも、その感情を乗り越えませんと、
アブサロムの心情を想像することができません。

ACにとって、自分を褒めることは、大変な良薬になります。

この機会を利用することにしました。
私の属する性格タイプの長所を認めること。
今後の自分のために受け入れることにします。
くれぐれも、「妄想」に陥らないように。

             ‥…━━━━━☆‥…━━━━━☆

自分の属する性格タイプの長所を認めるということ。

ACという傷がもたらす様々な混乱から解き放たれるために、
「アダルトチャイルドが人生を変えていく本」という本と
友人のアドバイスで、「自分を褒めるノート」を作った時期がありました。

たとえば、ある日の記述。
「すごい!!すごい!!すごい
 えらいっ!!ほんとうにえらい!!

 地区の連絡網。5人の班長さん全員に、
 大きらいな、本当に大きらいな電話で
 メールに逃げないで、電話で、連絡のお願いができた

 今年になって、いちばん勇気のあった日。」

書き留めたら、そのページに自分で花丸を付けます。

ACという傷を癒すために、自分を褒めることは本当に

い~い薬です

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  1. 未分類

子どもたちから贈られたもの その11 :: 2010/02/06(Sat)

早春わたしの息子アブサロムよ、
わたしの息子よ。
わたしの息子アブサロムよ、
わたしがお前に代わって死ねばよかった。
アブサロム、わたしの息子よ、わたしの息子よ。
           ~サムエル記下 19章1節~



かつて、書いた文章があります。
書いたまま、長いこと
どうしても読み直す気持ちになれず、
しまっておいた長い文章でした。

私は書きました。

「おかあさん、信じられますか。
 私は、子どもたちが生まれてから
 というもの、周囲の人々から
 『良いおばさん』と評価されたいと望んだことがないのです。そうです。
 私は『良いおばさん』と慕われることよりも、我が子のためだけを思う
 母親であることを大事にしたかったのです。たとえ、そのことが人の目に
 『自分の子どもさえよければいいと思って』と受け取られても、私は
 そのことにこだわらずにいられなかったのでした。
 『良いおばさん』と親戚や近所の子どもたちに慕われること。それは、そう、
 あなたがこだわったことでしたね。」


母がどうして私の気持ちを犠牲にしてまで、私の従姉妹たちを大事にしたのかは
分かりません。あれが、母の本当の気持ちだったのかどうかも分かりません。
大勢のきょうだいの上から2番目、長女に生まれた母でしたから、言わば
「おねえさん肌」だったのかも知れません。「よいおばさん」として周囲から
たたえられ、慕われること、ほめられることが、母には、なぜか大事なことでした。
幼い日に、私が買ってもらうはずだったぬいぐるみを、母からの贈り物として
従姉妹の家で見つけたときの悲しさは、今でも私の心を冷たく刺します。

その私に、何年か前にエニアグラムのワークショップに通う機会がありました。
エニアグラムについては、たくさんの研究があって、
数え切れないほどの本が出版されています。注意しなくてはいけないのは、本に
書かれている「自己診断」のチェックシートだけで、自分の性格タイプを正確に
判断することは極めて難しいということです。ワークショップに参加することが
大切です。

エニアグラムは人間の性格を9つのタイプに分けて考えるのですが、私が通ったクラスでは、
自分のタイプの長所と短所をよく知り、どのタイプをお手本にしたら、これからの自分が
生きやすくなるか、ひいては、自分がどうしたら神さまのより良い道具になれるか
を目指していました。
ワークショップに参加した体験から、アブサロムの性格タイプは私と同じなのかもしれないと
感じながら読みました。

アブサロムはあまりに気の毒な妹タマルの痛みを理解して、自分の家に引き取りました。
そして、妹をこんな悲劇へと追いやった、母親違いの長兄アムノンに対して
激しい憎悪の念を抱きました。
しかし、その怒りをあらわにしないで、心の中で2年間も燃やし続けました。
また、怒るだけでアムノンを罰しなかった父・ダビデへの何らかの思いはあったはずですのに、
それも表に出しませんでした。
そして、自分の手を汚さずにアムノンに復讐し、自分の母親の実家に逃走しました。
アブサロムは、父・ダビデに会えない長い年月を耐えましたが、きっとその間にアブサロムの
心の中では、ダビデへの思慕の念と猜疑心の両方が膨れ上がってしまったのでしょう。
ついには、父への反逆という無謀な行動に走り、惨めに命を落としました。

一方、ダビデの思いを想像してみますと、王、父親という2つ立場の間で
さぞかし苦しかっただろうと思います。
アブサロムが罪を犯してから、ダビデは父親としての感情を抑えて、わが子に対して
「あの若者」と、距離を置いた呼び方を貫きました。
ダビデがアブサロムの父親に戻ることができたのは、アブサロムが戦死してからのことです。
上に引用した「サムエル記下9章」の始めに書かれたこの言葉は、
アブサロムを失ったばかりの父親ダビデの言葉なのです。

どうして、アブサロムと私が同じ性格タイプだろう、ということにこだわったのかといいますと、
私の属する性格タイプは自分にばかり関心を向ける傾向が強い、という面があるからです。
アブサロムの性格タイプが同じだとしたら、兄アムノンより自分は愛されていないかもしれない
という「自分の側」の寂しさに囚われて、父親ダビデの、個人の感情を犠牲にしている苦悩に
思いが至らなかったのではないか、と感じました。
ダビデのこの言葉に初めて触れて、両親の心の根幹にあったであろう、私に対する揺るぎない
愛や、それを認めない私という娘についての寂しさに、アブサロムと同じように、
私も気づいていなかったことに思い当りました。

今回、この箇所を読む機会を得たことは、
今後の私の生き方に大きな影響を及ぼすことを感じました。

† 父なる神さま、あなたに賛美と感謝を捧げます。
  ダビデのこの言葉を読んで、今、やっと、両親と本当に出会えた気持ちになりました。
  既に、あなたのもとに召された姑と私の両親が、
  今は地上でのすべての苦しみから解放されて、やすらかでありますように。
  親不幸だった私をおゆるしください。
        主キリストの御名によって。聖母マリアのお取り次ぎによって。アーメン。


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子どもたちから贈られたもの その10 :: 2010/02/04(Thu)

春のはじめ 昭和という長い時代の中頃から
 今までを生きた私たち世代。
 その時代を振り返るサイトが
 たくさんあって、拝読すると、
 それぞれの異なった視点から
 思い出が語られていて興味深い。

 だが、読ませていただきながら、
 取り上げられている
 「思い出の数々」を、私も
 知ってはいるのだけれど、
そのときどきの自分の心の動きが甦らないことの方が頻繁にあって、
正直、愕然とする。
たとえば、私は欲しかったのに、買ってもらえなかった…とか。
そういう記憶が甦らない。大げさに言うなら、「その時代を生きた実感」がない。

じっと振り返ると、家の中で自分の世界を作って、独りで遊んでいる
子ども時代の私の姿が浮かび上がる。
虚弱だったわけではない。家の中という安全な場所で、
家族という安全な人々に囲まれて遊ぶことしか、赦されなかったのだ。
「悪い子になったら、たいへん。 ウチとよそは違う。」
まるで、無菌培養室で成長したようなものだった。
私は同じ年ごろの子どもたちと、時代を共有することがなかったのだ。

兄がいたけれど、体が弱かった兄は「生きている」だけで認められていて、
男の子だし、外で友だちと泥だらけになって遊んでいても咎められなかった。

兄は伸び伸びと子ども時代を過ごし、多くの友だちに恵まれ、
いざという時に信じられない力を発揮し、
人生の要所要所で自分で人生を切り拓いてきた。
兄は受験にも強かったし、体が弱いのに、かなり激しいスポーツにも打ち込んでいた。
兄には子ども時代について、尽きないほどの思い出があるに違いない。
私は兄が大好きだったけれど、いつもどこかで妬んでもいた。
兄が誰からも愛されること、
何より、母親の無条件の愛情が兄に傾いているように思われてならなかったのだ。

自分が生きづらいと感じるとき、私の意識はいつもこの辺りをさまよい始め、
心の芯にある恨みの感情に突き当たった。

やがて大人になって、自分も嫁ぎ、夫の原家族との関わりや子育てを通して、
当時の母の苦労をある程度理解したのだけれど、それはあくまでも
理性によるものであって、「ゆるした」という実感とは隔たりがあった。

ここまで書いて…、
実はこの1週間、「サムエル記下」の後半に取り組んでたのだが、
私の生まれつきのような悲しみの氷塊が一気に解けてしまうような心的な体験をした。


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  1. 未分類

(。・ ∇・)/・:*:・°★.。・:*:・°☆.。・:*:・°おかげさまで。 :: 2010/02/02(Tue)

               可愛いキャンドルたち

               みなさま、こんにちは。

               書きたいことが、いくつか頭の中でまとまりましたが、
               実は、今日はウチのの誕生日です。
               いつもの重たい記事は、また明日以降に。

               ご本人の都合と、子どもたちの都合とで、
               ささやかなお祝いの日は、大分後になりそうですが、
               せめて、の好きそうなと、
               お祝いの花でも探して来ようと思います。
               それから、最近は便利なささげが売られていて
               お赤飯が簡単に炊飯器で炊けるようになりましたね。

               では、お買い物に「街に下りて」まいります。


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