風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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子どもたちから贈られたもの その7 :: 2009/12/31(Thu)

天上からの光

 赦すことほど難しいことはありません
 でも 赦せない時、
 自分も 苦しみます

 せめて 赦せるようにしてくださいと 
 祈りたいのです
  ~井澤雅子著
    「心にしみる聖書の言葉」/教友社~



               「あなたを傷つけた」と
                お子さまに謝罪したくなったら、
                具体的に、
               「あのときはごめんなさい」
                と謝罪するのがよいのではないでしょうか。

                仮に、お子さまに
                親に傷つけられたという自覚がなかったら、
               「私はあなたを傷つけてきた、許してください。」
                と謝罪されても、
                お子さまは、
                いきなり自分に放られたボールをどうしてよいのか、
                分からなくなるのではないでしょうか。
                むしろ、お子さまの立つ瀬がなくなるような気がします。
               「親である私」の気持ちは、安心してしまうかも知れませんが。

                お子さまに
                親に傷つけられたという自覚がないときには、
                謝罪したい衝動を胸に納め、
                お子さまを見守り、
                これからは、お子さまを傷つけない言動を
                辛抱強く続けることがよいのではないでしょうか。

                私は子どもとの関わりにおいて、ある時点から、
               「子どもに何かを求めるときは、
                『私は』を主語にして伝えましょう、
                気持ちが素直に伝わります。
                『お前は』『あなたは』を主語にして伝えようとすると、
                『だから、(お前は)だめなんだ』
                につながります」
                という考え方に従って、子どもに接してきました。

         母A「お前って、本当にだらしないんだから。
             何でもやりっぱなしで…。」
         母B「冷蔵庫の戸をきちんと閉めないと中の物が悪くなって
           (お母さんが)困るの。…チャンと閉めてね。」
                    ~久野信「愛そうとガンバルよりは知るが先」~

                
               「親である私」が変わったこと
                お子さまに伝わったなら、
               「親である私」もお子さまも、
                ともに傷を癒す道を歩み始めたことになるのではないでしょうか。

                お子さまに対して、
               「お前は、いつもこうだ。だから、お前はだめなんだ」
                と、裁く言動をしないでください。

               「傷ついた子ども」は、人から裁かれる前に、
                すでに自らをさんざん裁き抜いてきたのですから。
               「傷ついた子ども」であった私たちが、そうであったように。

                いつか、この愚かな私が、
                私の両親その人と、その誤りとを分けて考えられますように。
                そして、「両親その人」全体を赦すことができますように。 
                 
               

                     私の道しるべになった本  
         
                     久野信著
                     「天までとどけ 小さな声」
                     「愛そうとガンバルよりは知るが先」
                               /サンパウロ

                                   (この項、もう少し続くかも・・。)


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  1. 未分類

大掃除 2日目 :: 2009/12/30(Wed)

大掃除 豚はおだてても、木に登らないかも
 知れないけれど、やなぎはっかは
 脚立に登る。呆れ…はぁ、こりゃこりゃオンプO1

 これ、我が家の換気扇の終着点と
 言いましょうか、「排気口」?です。

 見上げれば、外壁が真っ黒まっくろくろすけ
 悲しくて、やなぎはっかはときどき
掃除をしていましたが、今年はあまりに忙しく、しかも寄る年波のせいで
体のあちこちの痛みがあって、ついつい怠っていました。

「今年は特別。ま、いいか。

でもね、このまま新年を迎えるものなぁ・・・。
と、高所恐怖症もなんのその、やなぎはっかは脚立に登る。顔文字♪

写真の左半分が掃除前、右半分が掃除の後。
たいていのお掃除は、流行りの重曹、クエン酸を使っているのですが、
今回の大掃除は、アルカリ性の住居用洗剤が活躍しました。
こんなに汚れが落ちるとは・・・。jumee☆cleaning4p

でも、やなぎはっかは、明日からまた、重曹+クエン酸のお掃除を再開します。
やなぎはっかにとって、お風呂掃除、お洗濯に、この2つは欠かせませんし、
第一、まだ、「究めて?」いないんですもの・・・。ファイト

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  1. 日々のこと

大掃除なのですが・・・。 :: 2009/12/29(Tue)

東京タワー 1 大掃除なのですが、
 「85㎡にも満たない3LDKの
  マンション暮らし、
  大したことないわ~~
 と、のんびりかまえていたのですが、
 日々のおサボりのツケが
 束になって返ってきました。かお

 ベランダを片づけながら、
 サッシのガラス磨きjumee☆cleaning2yみたいな早技に
 酔いしれていたら、ガラスの向こうから
 夫が近づいてきます。
「なになにおかあさん、まさか、お掃除を手伝ってくれるの?
 そんなこと、結婚以来初めてだわ~~
と期待してしまいました。

で、わくわくしながら、ベランダのスリッパを揃えて、夫の顔をみますと、
ソリティアの人おかあさん、あのね、見ていると、ガラス用洗剤のスプレーね、
 もう少し、ガラスに近づけた方がいいと思うよ。」
と言って、「さいなら~~バーバパパ2」とばかりにガラス戸を閉めて戻ろうとしています。びっくり
・・・あ、閉めちゃった。

振り返ったガラス戸越しの夫の顔をめがけて、洗剤のスプレーをお見舞いしました。kao
ガラスの向こうの夫は、Vサインをしてサッシの鍵をかけてしまいました。うっしっしぃ・・・
(夫は男の料理が好きで、私が掃除に夢中になっている間に、
 ど~んとした食事を用意してくれるのですけれどね。・・夫の名誉のため。)

この年末年始は、服喪中であるのをよいことに、お節料理は基本的にパスです。
静かな、のんびり気分の年の瀬です。

でも、遊んでいる場合でもありませんね。
次は、お風呂掃除だわ。jumee☆cleaning3g

写真は、最近、野暮用で近くに行ったときの東京タワー。
ここから初日の出を拝む人もいるそうですね。おんぷ


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  1. 日々のこと

子どもたちから贈られたもの その6 :: 2009/12/28(Mon)

カトリック教会では、まだしばらく降誕節が続きます。


2009 聖夜 「もしも、あなたが身近な人が
 行うことに対して、
 おおらかな気持ちでいられない
 としたら、それは、幼いときに
 心に受けた傷の手当てが
 済んでいない証拠です。」


 いつか、ある人がこう言いました。

 身近な人の言動に、なぜか苛立って
 しまうのは、「幼かった私が、自ら
 の行いを寛容なまなざしで赦して
もらえなかった」という痛みが疼くのかも知れません。

自覚のない心の奥底で、痛い記憶が疼いていた私は、私の母もそうだったように、
幼いわが子らに対して、厳しい親になりました。
特に、しっかり者の上の子に、私は厳しく当たりました。
厳しく当たっては、そんな自らを激しく責めました。
親としての過ちと、強い後悔とを繰り返しました。

ある日、下の子が頑是ない口調で私に尋ねました。

「おかあさん、ボクなんて生まれて来なければ良かった?」
「どうして、そんなことを言うの?おかあさんは、アップロードファイルちゃんのことが、こんなに好きでしょう?」

上の子ほどに厳しくした覚えのない、下の子の言葉に、私はうろたえ、
思わず幼かったわが子を抱きしめました。
下の子は「うん!」と、安心したように笑って、遊びに戻っていきました。

後になって、ハッと気づきました。
あれは、甘えが赦されていた下の子にしか出来ない質問だったのだと。
下の子は、私がどう答えるかについて、確信があったのです。自信があったのです。
私が厳しく接してしまう上の子だったら、私から返ってくる答えが恐ろしくて、
口に出来ない問いでした。

やがて、それから10年以上も経って、私は強い想いに駆られて、
それまでの自分について、上の子に謝罪しました。
同じ過ちを繰り返さない決意をもって謝罪しました。
そのころの私は、まだ、上の子と一緒に下の子も傷ついていたことに気づいていませんでした。

後戻りできない過去への後悔や自責の念は、何も生み出さないかも知れません。
けれど、今も私の心には、傷ついた幼い私と、
私が傷つけていた小さい上の子と下の子が共にありありと居て、
あらゆる瞬間において、今の私に問い続けます。

亡くなった私の母は、自分の子育てに自信たっぷりで、
身近な人の子育てと生き方とを容赦なく評価しました。
そんな母の内的世界には、傷んだ子どもは居なかったのでしょうか。
                           (まだ、続きそうです。)


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  1. 未分類

好物なんだけど、苦手なもの (>_<) :: 2009/12/28(Mon)

昨日の日曜日、美容院を終えて、娘とイルミネーションの通りを歩いていると、
夫から携帯メールが入りました。

ソリティアの人「駅前のスーパーで正月用の掘り出し物を買ってきた」

あら、何だろう、と、家に帰ると、

「見てはいけないがーん

と書いた紙をかぶせた、いちばん大きなボウルが食卓に置いてありました。
それだけでナマコだと分かりました。
忙しさでうっかりしていましたが、そんな季節になったのですね。

なぜでしょう。
スライスしたナマコなら好物なのに、生きているナマコはダメ、
まして、生きているナマコに自分で包丁を入れるなんて、
想像しただけで卒倒しちゃう。
だから、ナマコの処理は夫の仕事です。

ボールには3匹?いるのだそうです。

おかあさん微笑むリカちゃん「ひゃあ!這い出しそう!」

と、見てもいないのにおどおどしている私たちに、夫が

ソリティアの人「ナマコは、進化の過程で、ケムシが海に棲むようになったのかな?うっしっしぃ・・・

と、笑っています。

おかあさん微笑むリカちゃん「それなら、蝶にならなくちゃ。」
ソリティアの人「海の中でナマコがエイに孵るんじゃない?」
おかあさん微笑むリカちゃん男の子(←息子も登場)「・・・」

夫がスライスして、酢にしてくれたナマコは、やはり美味でした。
おかあさん「お正月まで持たないでしょ?」
ソリティアの人「お正月までに食べちゃうの。アップロードファイル

ごめんなさい、生きたナマコは苦手で、写真がありません。
代わりに昨夜の表参道を。・・・発光ダイオードとのことですが、穏やかな色にほっとしました。

                     表参道2009.12.27.c

       表参道2009.12.27.g        表参道2009.12.27.h


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  1. 日々のこと

立ち止まって、考えたこと。 :: 2009/12/26(Sat)

2009 クリスマス・イヴ 22日付の投稿のときに 見つけた大切な言葉。
   

 「神は祈りに対して、 
  三つの応え方をします。

  一つは『はい』 
  二つ目は『まだです』
  三つ目は『あなたのために
  もっとよいことを思いつきました』
  もしかしたら、あなたは今、
  大変苦しんでいるかもしれません。
                    しかし、神は人間が想像できない形で
                    あなたを祝福されるでしょう。」  



このことから受けとめたこと。

1つ目 「はい。」

 神さまは、私たちの、にっちもさっちもいかない苦しみに、はらわたが
 ねじれてしまうほどの憐れみを覚えて、急いで助けて下さいます。



2つ目 「まだです。」

 神さまは、私たちに待つこと、辛抱強さを教えて下さいます。


3つ目 「あなたのために、もっと良いことを思いつきました。」

 「こんな応えを、私は待っていなかったのに。期待していなかったのに。」
 たとえば、「ある兵士の祈り」のように。
 私にとって、「あってはならないこと」も、神さまは思いつかれます。
 それでも、神さまは私にとって、最も良いことをなさる方。
 ある神父様が仰った通り、「神は出来事を通して語られ」ます。


十字架み旨が行われますように。


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  1. 今日の想い

53歳でスペイン語ミサ・デビュー :: 2009/12/25(Fri)

イグナチオ教会鐘楼 今日、25日のクリスマス・ミサは、
 やなぎはっかが所属する
 教会では午前中にたてられます。
 毎週金曜日の午前中、やなぎはっかは
 まことに生活感漂う用事で、
 家を離れることができません。
 そこで今日は、四ッ谷の聖イグナチオ教会のミサに
                   与ることにしました。

お昼に出発して間に合いそうなミサは、13時半のスペイン語のミサです。
びっくり・・困ったな、外国語?・・典型的な昭和前半生まれの日本人のコンプレックスの
持ち主なのですよ。
でも次の日本語ミサは、18時。・・やなぎはっかとしては、ビールが恋しくなる時間です呆れ

それで、思い切ってスペイン語のミサに与ってみました。
2009.12.25. 於 イグナチオ教会 2「ここは、日本!彼らが日本語が
話せないわけがない!」
と思いつつも、日本人が圧倒的に少ない
空間はやはり緊張しました。
それでも、スペイン語で書かれたミサの
式次第をお借りして、
夢中でついていきました。
それにしても、ラテン系の言葉の響きは
何とも耳に心地よくておんぷ、内容は
ちんぷんかんぷんでも
「これ、きっとクセになるうっとり」と感じました。

スペイン語と日本語の違いこそありますが、式の順番や所作は日本語ミサと
全く同じなのですね。

その一方で、今、この国には滞日外国人がたくさんいらっしゃって、日本人だらけ、
日本語だらけのミサにいらっしゃるわけですが、彼らの心細さの片鱗を体験した
気持ちになりました。
2009.12.25. 於 イグナチオ教会 そう言えば、最近のことですが、
 所属している教会で、やなぎはっかは、
 その方がスペイン語圏の 滞日外国人の方とは
 知らずに、その日のミサのパンの奉納の係を
 お願いしました。お話の途中で
 そのことに気づいて、ミサが終わった後、
 やなぎはっかがたまたま知っていた
 「グラシアス!」というという言葉でお礼を
 申し上げたら、彼は
 「スペイン語が話せるんですか?」と、
 目を輝かせました。
 「いえいえ、『オラ!』とか、
 『ブエノス ディアス!』とか、その程度です。」
 と、お答えすると、ちょっとがっかりされました。
 明るいおじさん風の方でしたが、その方もまた、

故国を遠く離れて、不況にあえぐこの国で暮らしていらっしゃるのですね。

ところで、やなぎはっかのような引っ込み思案でも、
つくづく年を重ねて厚かましくなったのだなあ、と思うことをしてしまいました。
2009.12.25.  於 イグナチオ教会中庭ミサが終わったというのに、
皆さんお帰りにならないで、
祭壇に向かって行列をしています。
・・「うん?うん?なあに?」と、
行列の理由も分からないまま、
取り敢えず列に並んでしまいました。う~んw
だんだん自分の番が回ってきて、
そのわけが分かりました。
祭壇の前で、シスターが
赤ちゃんのイエス様のご像を
抱いて差し出すと、皆さん、
うやうやしくご像に接吻するのです。

やなぎはっか、さすがにたじろぎましたが、せっかくですから絵文字名を入力してくださいにっこり
「千と千尋の神隠し」の「湯ばあばちゃん」のようにはいきませんが、イエス様のかわいいお膝に、
ちゅんちゅとして来ました。

メリー・クリスマス!ツリー


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  1. クリスマス

メリー・クリスマス :: 2009/12/24(Thu)

リース皆さま、クリスマス、おめでとうございます。ツリー

聖夜2009 十字架(暗い背景用) †SbWebs†この同じ地上にあって、
   戦争に巻き込まれたり、
   自然災害に見舞われたり、
   保護してくれる大人のいない
   子どもたち、
   国土が水没の危機にある子どもたち、
   さまざまな不安のうちにある
   子どもたちにも
   良いクリスマスを。 
   そして、私たちが
   彼らのたった1人でも心にとめ、
                                   その人の友になれますように。


      
           


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  1. クリスマス

子どもたちから贈られたもの その5 :: 2009/12/23(Wed)

noeru.jpg

 天使たちよ 戸口で歌え
 神が生まれた きょうはクリスマス

 これこそは約束された夜
 人びとに 今 神が訪れた
 クリスマスの晩だ 眠ってはいけない
                   神が生まれて ここにおれらる

     ~(歌:メルセデス・ソーサ/「誕生」/
         「ミサ・クリオージャ『アルゼンチンのクリスマス』」/DECCA/解説より)
                詞:Felix Luna 作曲:Ariel Ramirez 訳:濱田滋郎~


                 ダウン「誕生(El Nacimiento)」/AYGUALICHO & Javier Rodriguez     
                

最近、ある黙想会で、指導司祭が「神さまと喧嘩している人」について話して下さった。
自分が置かれた、どうにもならない状況を、自分の都合の良いように変えて欲しいと、何年間も祈り続ける人。
一見、敬虔な祈りの人のようだけれど、それは神さまと喧嘩していることなのだと、神父様は仰った。

ならば、かつての私は、自ら承知の上で、神さまに喧嘩を売っていたことになる。

そう、毎年この季節、私はイエスを妬んで、心の中で呟いていた。
「非の打ち所のない愛の持ち主を両親に持って、あなたには私の気持ちが分かるまい。」と。

真面目な両親だった。周囲のどの子どもよりも良い服を着せてくれた。食卓にはいつも、
母の手の込んだ料理が並び、私が所属するあらゆる集団において、私が良い「待遇」で
迎えられるように、母は配慮してくれた。
そして、それほど「理想的な親子関係」のもとで成長した私は、それにふさわしく、優秀で、
快活で誰からも一目おかれ、かつ、誰からも愛される子どもでいなくてはならなかった。
そして、当時の私は、それがまったく苦にならなかった。

高校時代に前兆はあったものの、それが「たとえ話」ではなく、
「私が背負っている、あまりに重く、巨大な荷物」として、
私が実感したのは、私が母親になってからだった。

あんなに重かったものが雲散霧消するためには、私が「傷ついた子どもである」ということを
認めることが、どうしても必要だったように思う。それは、私の子どもたちのためにも。

もはや、私は、神に喧嘩を売ったりはしない。
イエスは、思いもかけずに与えられた、私の生涯の課題と取り組む旅における同行である。
いつか、私の幼稚な分析を超えて、この友が、悟らせてくれるだろう。
私がどうして傷つかなくてはならなかったかを。
そして、両親それぞれを、私が深く理解し、心を痛めずに受け入れられるときが来るのだろう。
                               (まだ続きそうです。)


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  1. 未分類

カトリック・イエズス会・霊性センター「せせらぎ」のページから :: 2009/12/22(Tue)

待降節の馬小屋2007      赤ん坊のイエスが
      我々の中に来ると
      思いますか。
      自分の中に
      飢えた経験や
      身分の低さを
      感じますか。
      もし私たちの中に
      高慢と飢えたくない
      という思いがあれば
      私たちは
      主のはしため、
      主の道具にならないでしょう。
           ~イエズス会・霊性センターせせらぎ
                  「毎日の祈り・祈りのヒント」より~


今日の記事の更新の前に、余白さんの掲示板「聖書の言葉を分かち合う」にお邪魔した。

余白さんは、今日の福音の箇所を、「カトリック・イエズス会霊性センター『せせらぎ』から引用していらっしゃる。
今日は美しい「聖母マリアの歌(マニフィカット)」。この祈りが好きなカトリック信徒は多いことだろう。
上に掲げたのは、そのための「祈りのヒント」。

私の拙い記事(一所懸命書いているつもりではいるのですが汗)を載せるより、クリスマスにふさわしく感じたので、
そのままお借りした。

「せせらぎ」のホームページには、他にも、胸を打つ、大切な話が詰まっている。
私にとっては、今年のクリスマスのための最後の準備となりそうだ。

私が打たれた1ページから

            「神は祈りに対して、
             三つの応え方をします。

             一つは『はい』 
             二つ目は『まだです』
             三つ目は『あなたのために
             もっとよいことを思いつきました』
             もしかしたら、あなたは今、
             大変苦しんでいるかもしれません。
             しかし、神は人間が想像できない形で
             あなたを祝福されるでしょう。」  


ほかに、
いのちのうた


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  1. 今日の想い

待降節第4主日 :: 2009/12/20(Sun)

アドベント 4週目 2 「主を待ち望むアドヴェント・4週目」

     主を待ち望むアドヴェント
     最後のろうそくともそう
     主はこの世に来たりたもう
     こころこめ歌おう
     主の民よ、喜べ
     主は近い
    



早ミサの後、ゆるしの秘跡に与った。
もう、父のことを後悔することは終わりにする。
自分を責めるのもおしまいにする。
これからは、祈りのうちに、すでに帰天した父と母とたくさん語り合おう。


クリスマス皆さま、どうぞ、良いクリスマスを。


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子どもたちから贈られたもの その4 :: 2009/12/18(Fri)

アドベント

「アッバ」は「お父ちゃん」という
幼児語だそうです
神は 伝えたいのでしょう

お父ちゃんに 安心して甘えて欲しい
良い子でなくていい
ありのままの あなたでいい

どんな あなたであろうと
天のお父ちゃんの愛は 変わらない

~井澤雅子/「心にしみる聖書の言葉」/教友社~

            
              

昨日、私は、子どもたちは「私のような愚かな親のもとに『派遣』された」と書きました。
しかし、それではまるで、子どもたちが私の心の傷の治療の手段として、
この世に送られてきたかのよう・・・。
いえいえ、子どもたちは、まったくの恵みとして
私たちに与えられたのでした。これは確かなことです。

しかし、35歳を過ぎた私が「傷ついた子ども」としての自分に囚われているとき、
子どもたちのいたいけなさが、私に「母親である今」を思い起こさせ、我に返らせてくれました。

それでも敢えて、子どもたちが私のところに派遣されてきたと言うとしたら、
それは、子どもの存在と権利があまりに小さかった時代と思想と制度のもとで、
父母の実家で何世代にも渡って、気づかれずに傷ついてきた「子ども」の存在が、
私で断たれるためだったのだと思っています。

生まれたばかりの赤ん坊は本当に無力で、いやになるほど泣いてくれます。
私は里帰り出産をしましたから、病院から帰って、赤ん坊が初めて過ごす実家には
たちまち赤ん坊の泣き声が響き渡りました。
「おばあちゃん本能」を隠さない母はともかくとして、驚いたのは、
子ども好きではなかったはずの父が、まったく文句を言わずに、睡眠不足に耐えてくれたことでした。

頼りなげな母親を思ってか、わが家の子どもたちは、どちらもよく飲み、よく寝る赤ん坊でしたから、
さほど手がかかったわけではありません。
とはいえ、赤ん坊は泣かなくてはなりませんから、私はそのたびに抱き上げました。
どうして、あれほど赤ん坊を抱いていたのだろうと、大分あとになって思ったのですが、
一つのことに気づきました。

赤ん坊、あるいは子どもは、親に抱かれることで、慰められ、安心しますが、
わが子を抱く親もまた、同じように同じときを味わったような気がするのです。

それは、母親である私から与えていたばかりではなく、私もまた、子どもから与えられていたことの
証明であったように思います。



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  1. 未分類

「きかせてください」 :: 2009/12/17(Thu)

みどりご  きかせてください 羊飼いたちよ
  あなたたちが今 耳にしたことを
  きかせてください 羊飼いたちよ
  あなたたちが今 耳にしたことを
  お生まれになった みどりごが
  悲しむ人の 友であることを

  教えてください 羊飼いたちよ
  あなたたちが今 見たことを
  教えてください 羊飼いたちよ
  あなたたちが今 見たことを
  お生まれになった みどりごが
  こごえる心の 愛であることを

  歌ってください 羊飼いたちよ
                           あなたたちの今日の 喜びを
                           歌ってください 羊飼いたちよ
                           あなたたちの今日の 喜びを
                           お生まれになった みどりごが
                           疲れた心の 平和であることを


                           歌ってください 羊飼いたちよ
                           あなたたちの今日の 喜びを

                           ~詞:森一弘司教  曲:新垣壬敏~



10年程前に、1度聴いてから、もう1度聴きたかったクリスマス・キャロル、「きかせてください」。
今日、ついでがあったので、四ッ谷のカトリックショップ「サンパウロ」で、楽譜を探していた。
かすかに、この歌が聴こえた気がして、あたりを見回した。
偶然にも、本当に店内でCDが再生されていて、ちょうどこの歌が流れていた。

このところ、ちょっと本を買いすぎていると思いつつ、やはり思い切って買ってしまった。
でも、買ってよかった。詞も旋律も合唱も美しくあたたかい。

CDは、1995年12月21日、大阪カテドラル聖マリア大聖堂で行われた
「阪神・淡路大震災」の被災者救援のためのチャリティー・コンサートを
録音して作られたもの、とのこと。

「Holy Night 」
 指揮:当間修一
合唱:大阪ハインリッヒ・シュッツ合唱団
 演奏:アンサンブル・シュッツ
     /サンパウロ/\3000(税抜)

いろいろ探したけれど、ネット上で視聴できないのが残念。
サンパウロのホームページにオンラインショップがある。


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  1. クリスマス

子どもたちから贈られたもの  その3 :: 2009/12/17(Thu)

2009 横浜駅東口かなりの年齢になるまで、
母は私にとっての神であり、模範でした。
母なしでは、私は生きてゆけないと思っていました。

自分がその強烈な愛情に保護されつつ、
傷ついてきたことを確信したのは、
35才のときでした。

自分がこの世で生き辛いことのカラクリが見えてしまったら、
親に愛されて来たという一つ一つの事実さえ見えなくなりました。
自分が親に対して赦されてきた我がままも
忘れてしまいました。分からなくなりました。

自分に与えられてきたことのすべてを疑うようになりました。
目に見え、手で触れることのできる母親を疑う者が、
目に見えない沈黙の神を疑うのは自然の成り行きでした。

母の期待に応え、母の自慢の娘になるために
消耗して疲れきっていた自分のそれまでを
来る日も来る日も悲しんでいました。

そして、私にしてみれば、神は暇つぶしのために私などを、
生きて生まれないチャンスがちゃんとあったのに、
それでも、この私などを世に送り出して見物していらっしゃったようにしか思えないのでした。

35歳からの私の内的な闘いは長いものになりましたが、その一方で神さまは、こんな私に
愛おしくてならない子どもたちを与え、不器用ながらも子育てをさせて下さっていました。
やがては、私の長い内的な闘いに、この子どもたちも巻き込むことになるのですが、
彼らは、確かに、私のような愚かな親のもとに「派遣」されたのでした。

   

「恵みに答えるには、まだあまりにも未熟であったが、
                       種は蒔かれていたのである。」 
                           ~フランス・デュ・ゲラン~
                 ・・・モーリス・ズンデル著「沈黙を聴く」1章より
                                /女子パウロ会・・・

            


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残像 :: 2009/12/16(Wed)

P1000408.jpg 

       今日の空が
       あまりに
       凍えていたから、
       ふと
       病身の親のことが
       気になった。

       思わず
       電話に
       手を伸ばしたけれど

       そうだ、
       いま
       ふたりとも
       天上の人。


                                   2009.12.16.記





            ‥…━━━━━☆‥…━━━━━☆

なお、やなぎはっかは、またまた忙しくなってしまいました。
当分の間、お返事が書けませんので、
「コメントを受け付けない設定」にさせていただきます。
申し訳ありません。記事は、可能な限り更新したいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。


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ヨーグルトと林檎のケーキ&スノーボ-ル :: 2009/12/16(Wed)

スノーボール、ヨーグルト友だちに教えてもらった2つのお菓子。
このところ、おやつ作りに熱を入れています。

若いころは女性というだけで、
「お料理を作る人アップロードファイル」のように
決めつけられることが嫌いでした。

今、身にしみて感じるのは、お料理レードルには、
人と人の気持ちをつなぎ、仲良くなるための
不思議な力が宿っている、ということです。



  ヨーグルトと林檎のケーキ



  「ヨーグルトと林檎のケーキ」・・・甘さ控えめの、さわやかなケーキです。

材料:サラダ油・半カップ、 プレーンヨーグルト・1カップ、 砂糖・80g 
    卵・2個、 薄力粉・100g、 ベーキングパウダー・小さじ1
    りんご・1~2個   レモン汁・少々

準備:◎型(20cm位・・・底がはずれるタイプがよいでしょう。)に、
     バターやショートニングを塗って、粉を振ってはたいておく。
   ◎薄力粉とベーキングパウダーは合わせてふるっておく。
   ◎予熱は160℃

作り方:① りんごを薄く切り、レモン汁をかけておく。
    ② サラダ油、ヨーグルト、砂糖、卵を混ぜ合わせる。(泡立て器・・泡立てる必要はない)
     (全体が均一になればOKグー
    ③ ②に、ふるっておいた薄力粉とベーキングパウダーを入れて、ゴムべらで混ぜる。
    ④ ケーキ型に③を半分入れ、その上にりんごを並べ、その上に③の残りをかける。
    ⑤ オーブンに入れ、160℃で1時間焼く。
    ⑥ 冷めてから、型からはずしましょう。



スノーボール  「スノーボール」
    教えてくれた友だちに、
   「粉砂糖をまぶした温泉饅頭状態の
    大きなスノーボールになったわよoowarai
    と、写メで報告したら、
    「どうして、そんなに大きくなっちゃたの?」
    と、大笑いの様子でした。
    だって、戴いたレシピに
    「3~4cmに丸める」と書いてありましたよ絵文字名を入力してください


  材料(50個分): 薄力粉・150g 、
             バター・100g、 
             粉砂糖・40g、
             ベーキングパウダー・小さじ2分の1 
             アーモンドパウダー・50g 
            (砕いた胡桃でもOK)

準備:薄力粉とベーキングパウダーは合わせてふるっておく。
    アーモンドプードルの代わりに、胡桃を使う場合は、胡桃を砕いておく。 
    予熱は160℃

作り方:①バターを電子レンジで約20秒加熱。
     ②大きめのボウルに①と、薄力粉、粉砂糖、ベーキングパウダーを、ゴムべらなどで
      混ぜ合わせ、しっとりしてきたところに、アーモンドプードルを入れて、よく混ぜる。
     ③生地がまとまったら、1.5~2cmの大きさに丸め、薄く油を塗ったオーブン皿に
      並べる。
     ④③をオーブン皿ごと30分以上冷蔵庫で寝かす。
     ⑤160℃のオーブンで約20分。(うっすらときつね色になるまで)  
     ⑥温かいうちに軽く粉砂糖をまぶし、冷めてからたっぷりの粉砂糖をまぶす。


         食べてみますと、サクサク軽くて、品の良い甘さが口に広がります。
         教えてくれた友だちは、
        「小さくしたら、さらにサクサクしたと思うわよにっこり」。
         だからぁ、戴いたレシピには3~4cm位のボール・・と、書いてあったんですってば絵文字名を入力してください  


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  1. 日々のこと

子どもたちから贈られたもの  その2 :: 2009/12/15(Tue)

2009 自宅 3週目



        †この同じ地上にあって、
         戦争に巻き込まれたり、
         自然災害に見舞われたり、
         保護してくれる大人のいない子どもたち、
         国土が水没の危機にある子どもたち、
         さまざまな不安のうちにある子どもたちを、
         私たちが心にとめ、
         自分にもできる援助を惜しみませんように。




             「あなたがお望みにならないのに存続し、
              あなたが呼び出されないのに存在するものが
                  果たしてあるだろうか。
              命を愛される主よ、すべてはあなたのもの、
                  あなたはすべてをいとおしまれる。」
                     ~知恵の書 11:25、26~



私がこういう聖書の言葉を受け入れるまでには、とても長い時間が必要でした。
「神さまだって、ほんの暇つぶしに出来損ないをお造りになることもおありで、
 それがまさに私なのだ。」
という想いから解き放たれたのは、今年の春の初めのことでした。

この早春の出来事につきましては、また別の機会を待つとして、
今の私は、こういう想いに囚われ続けていた当時の私のことを
神さまがどれほど寂しい想いで見ていらしゃったか、と感じられて、胸が痛くなります。

「彼らが<略>主に仕えるようになったので、主はイスラエルの苦しみが耐えられなくなった。」
                                   ~士師記 10:16~


この1節に目が留まったのは、最近のことですが、私が主に仕えようが、
放蕩娘であろうが、そんなことにはお構いなしに、
神さまは、心を開かない私を、耐えられない想いで見てこられたのだと思います。

しかし、こんな「熱情の父なる神」の想いに、最初に気づかせてくれたのは、
幼い日の子どもたちでした。
そうです。子どもたちも、紛れもなく、神さまが大切に思って下さる私たちへの
神様からプレゼントでした。            
                            ~つづく~


            ‥…━━━━━☆‥…━━━━━☆

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櫻田耕司さんのコージー・カレンダー♪ :: 2009/12/14(Mon)

   コージーカレンダー2010
                                       ↑「「シモツキ君を待ちながら」

  イラストレーターの櫻田耕司さんは、陶芸家の森下真吾さんのお友だちです。
  その櫻田さんから、美しいカレンダーが届きました。
  真吾さんは「コージー・カレンダー」と呼んでいました。
  
RIMG0164.jpg 櫻田さんの作品を初めて知ったのは、
 真吾さん夫婦から、
 この「逃げない小鳥」
 という額に入った作品を
 贈られたときでした。

 飼い主を信頼しきっている
 小鳥たちが、自分たちの
 住まいである鳥かごの
 お掃除が終わるのを
 大人しく待っています。

 明るくて、やさしくて、
 あたたかいでしょう?
 そして、絵のセンスが都会的です。



 それ以来、櫻田さんの絵に惹かれて、ときどき、絵葉書をお願いします。

5分遅れの午後


      今、私の手元に残っているのは
      この2枚の絵葉書ですが、
      「5分遅れの午後」「盛り付けの始まり」
      という題名です。

   絵に込められた、この「詩(うた)ごころ」が、
  またいいんだな!




盛り付けの始まり
















櫻田さんの絵葉書を使いますと評判がよいので、ついつい使ってしまいますが、
この美しい作品の数々を手元に置きたい気持ちと、
友だちにも見せてあげたい気持ちが、私の心には同居しています。

櫻田さんと真吾さんとはご近所同士とのこと。
真吾さんの個展の開幕のとき、「シンゴ&コージのアコースティックコンサート」と題して、
歌やギターを聴かせて下さいます。櫻田さんは、お歌いにはならないようですが、
かなりの弾き手とお見受けしました。


アコースティックコンサート 2

   左は「吾偶百体・vol.2・オープニングコンサート」での
   櫻田さんの座席です。

櫻田さんへのお問い合わせは、
sakurada@m7.dion.ne.jpまで。
絵葉書は1枚200円位です。
また、カレンダーの部数は、たいへん少ないそうです。

   2010年は、月ごとにカレンダーを
   めくる楽しみができました。感謝。


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  1. 日々のこと

子どもたちから贈られたもの  その1 :: 2009/12/12(Sat)

アドベントリース クリスマスを待つ季節です。
 今日の晩から、待降節3週目。
 教会では、アドベントリースの
 3本目のろうそくに
 火が灯されます。

  †この同じ地上にあって、
  戦争に巻き込まれたり、
  自然災害に見舞われたり、
  保護してくれる大人のいない子どもたち、
  国土が水没の危機にある子どもたち、
  さまざまな不安のうちにある子どもたちを、
  私たちが心にとめ、
  自分にもできる援助を惜しみませんように。



カトリックといえば、聖母マリア、なのですよね。
でも、長い間、私には聖母への親しみという感情が分かりませんでした。
いや、今も本当は分かっていないのかも知れません。

聖書に書かれている神が「熱情の神」なら、私の母は「熱情の人」だったのでしょうか。
私の祖母である姑と、私の父である夫の絆が強いので、母は家庭では、孤独な人でした。
その寂しさから、母がその情熱の大部分を子どもたちに傾けたのも無理からぬことでした。
私は、かなり長く母親を神のように仰いで成長しました。私は母の夢を完成させるために
人生の4分の1ほどを歩んだといえましょう。
そのためか、いざ、母のもとを離れ、独立した一個の人間として歩もうとしたとき、私には
「母性とは何ぞや」からして、分からなくなっていたのでした。
いやいや、自分というものさえ失っていた感じなのですから、
母性を云々できる状態ではなかったのです。
やがて縁あって結婚し、恐ろしいことに、そんな心のままで母親になったのでした。

ミケランジェロのピエタ(参考:サルヴァスタイル美術館)という作品があります。
そのレプリカが東京都文京区の東京カテドラル聖マリア大聖堂にあって、あるとき、
長い間佇んで見つめていたことがありました。美しい彫刻で、
子どもに先立たれた母親の悲しみをよく表していましたが、共感できたのはそこまでで、
マリア様を敬愛するまでには至りませんでした。

自分のそういう感情を、ある神父様にお話ししたことがありました。
すると、その神父様は、母親としてのマリア様ではなく、自分の身に起きるどんなことについても、
じっと胸におさめ、思いを巡らしていらっしゃったマリア様の在り方の大切さを話してくださいました。

強すぎる愛情のために、私の喜怒哀楽までをも無意識のうちの支配した母親であろうと、
私には確かに母がいて、言葉を交わしたこともない2千年も前に生きた外国の人を
母親のように慕うことは、あまりにも難しいことでしたが、そのときから次第に、
聖母マリアは、私にとって母親としての理想像というよりは、
信仰者としての生き方を倣う対象となりました。


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うちの子どもたちがサンタを卒業した日 :: 2009/12/08(Tue)

ブログの開設にあたっては、家族ネタはご法度jumee☆faceA175の約束でした。
でも、これは遠い日の思い出ですから、赦してもらえるでしょう。

やなぎはっかの実家は、せいぜい、お葬式や、
お盆、お彼岸の墓参の折に、お寺とお付き合いする程度の
普通の仏教徒で、やなぎはっかは、ずいぶんと
小さい時から、「サンタ・クロース=両親」と割り切って考える
子どもでした。

でも、自分が親になってみて、子どもにはそういう
「わくわくした宝物の時間ほしぃぃっ」を持たせ、大事にして
あげたいなあ、と願いました。
やなぎはっか家は一家でカトリック教徒ですから、
そういう環境作りには恵まれていました。

初めての子どもの、初めてのクリスマスくつしたのときでさえ、眠っている子どもの枕元にプレゼントを
そっと置くときには、子どもが目を覚ますのではないかと、両親共にどきどきしたものでした。

大分後になって、ユング心理学で有名な河合隼雄さんが、ご自分の子ども時代に、
サンタ・クロースが置いていったプレゼントを求めて、家じゅうをきょうだいみんなで探した
・・と新聞に書いていらっしゃったのを読んで、そういう手もあったか絵文字名を入力してくださいと、
歯がみをしました。

いずれにしても、普通のサラリーマンの家庭では、決して贅沢なプレゼントを用意することは
できませんでしたが、子どもたちは毎年のプレゼントを楽しみに待っていました。
もちろん、デパートの包装ははずして、私がラッピングをし直しました。

困ったのは・・
「あっちのおじいちゃん、おばあちゃんプレゼント、こっちのおじいちゃんとおばあちゃんさとと-クリスマスプレゼント
そして、サンタ・クロースのおじいさんからくつした

・・・で、おとうさんとおかあさんからはエエェッ!?!?汗

サンタ・クロースの存在を信じて欲しいばかりに、愚かな若い両親は、
慎ましくしなければならない生活の中で、それぞれの子どもに2つのプレゼントを用意して、
くつしたの方は、どこかに隠しておかなくてはなりませんでした。
子どもたちが通っていたプロテスタント系の幼稚園のベテラン先生が、

「いつか、子どもたちの心から、サンタ・クロ-スがいなくなる日が来るでしょう。
 でも、今度はサンタ・クロースがいなくなった心の部屋に、信仰や夢が住むようになるのです。」


と仰ったのを伺ってからは、なおさらがんばってしまいました。ガッツ

子どもたちは、小学校は公立でしたから、
情報量豊かなお子さん方が子どもたちの心を鍛えてくれました。

「え?おまえ、サンタ・クロース来るって信じてるの?バッカだなあ~絵文字名を入力してくださいoowarai

わが家の子どもたちは、それでも、
「うちにサンタ・クロースが来るのは、教会に行っているからかなあ。
 よそには来ないらしいんだよ。」
篋
と、信じ切っている様子で、親の方が心配になるほどでした。う~んw

しかし、わが子たちにも、サンタ・クロースとの別れのときが来ました。
それぞれに小学校の高学年のとき。・・・動かぬ証拠を見つけてしまったのでしたウワーン

上の子は、デパートのミスでした。
わくわくと開いたプレゼントにデパートの値札シールが貼ってあったそうです。
包装紙に包まれた箱の中でした。箱にはシールで開けないようになっていました。
そこまでは手が届きませんでした。
この子がそれを話してくれたのは、何年も後のことでした。
「すごく、がっかりしたけれどね。それで大騒ぎをしたら、弟がかわいそうだし。」
信じている振りをしてくれていたのだそうです。

下の子は・・・押入れに入ったら、何かプレゼントらしきものがあった・・・。
クリスマスの朝、果たして同じものが枕元に置いてあった・・・。アップロードファイル
けれど、この子も長い間、そのショックを隠して、あわれな親を気遣って
信じている振りをしてくれていたそうです。

サンタ・クロースとの別れは、子にも親にも、ほろ苦さを残すのかもしれませんね。
子どもたちの心のサンタ・クロースの部屋には、あれから何が住みついたのでしょう。

そして、神さまも、そういう「卒業」の時期を心得ていらっしゃり、
用意してくださるのでしょう。

            ‥…━━━━━☆‥…━━━━━☆

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  1. クリスマス

心に迫る祈り~ある兵士の祈り~ :: 2009/12/07(Mon)

                P1000410.jpg
            聖母マリアはじめ、人々は何に向かって祈っているのでしょう。
            今はクリスマスを待つ季節。クリスマス前の「馬小屋」には
            赤ちゃんのイエス像は、まだ登場しないのです。


今年の初夏から参加している聖書の会も冬休みに入って、宿題から解放されて
ほっとしています。うふ
今週は、教会のいくつかのグループでの「クリスマスパーティー・ラッシュツリーリースクリスマス」です。
さあ、たいへん!お料理嫌いが、一品持ち寄りのためのケーキなんぞを焼かなくてはなりません。汗


                「私の願い~ある兵士の祈り~」
  
               成功するために神に力を願いましたが
               与えられたのは謙虚さでした
               従うことをまなぶために  
  
               善行をするために健康を願いましたが
               与えられたのは病気でした
               より善い行いをするために

               幸せになるために富を願いましたが
               与えられたのは貧しさでした
               賢くなるために

               人から尊敬されるために能力を願いましたが
               与えられたのは弱さでした
               神を必要とするために
      
               人生を楽しむために
               すべてのものを願いましたが
               与えられたのはいのちでした
               すべてのものに感謝して生きるために

               私が欲したものは
               何も与えられませんでしたが
               声にも出さなかった祈りが聞き届けられ
               私はだれよりも豊かで
               祝福された人間となれたのです

                 ~アメリカのある兵士が病院に書きつけたと
                      伝えられている祈り 作者不詳~ 
  




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  1. 今日の想い

鍛えられる・胸を打つ演技 :: 2009/12/05(Sat)

P1000411.jpgフィギアスケート・グランプリファイナルが、
代々木第1体育館で行われています。
日付が変わりましたので、昨日となりましたが、
1日目のショートプログラムの演技をテレビでご覧になった方も
多いことでしょう。

グランプリシリーズの最終の、男女合わせて12人に
日本人が4人も出場していることは、昔々、
フィギアスケートは日本人には向かないスポ-ツなのだろうかと
思っていた世代には驚くべきことです。

それにしても、4人の選手の演技はそれぞれに
人の心を打つものでした。

はっと気づきました。
出場している4人とも、それぞれに
挫折感を伴ったであろう大きな試練を乗り越えてきたのでした。

報道でよく知られたことですから、細かいことは言いますまい。
人並みはずれた恵みを頂いて成長した彼らは、与えられた恵みとバランスを取るかのような
苦しみを味わってきました。
あの若さで、おそらく私の一生分以上の苦労を経験したのでしょう。

彼らの演技に、単に「上手ね、うまく跳んだわね。」では済まない深いものを感じました。
彼らもまた、苦しみによって鍛えられ、人生が本物になったのだろうな、と思いました。

今日はフリー。今日で、グランプリシリーズが終わります。
彼らの親の世代として、その演技をあたたかく見守り、且つ、感動させてほしいと願っています。


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  1. 今日の想い

「理不尽さ」を生きる :: 2009/12/04(Fri)

P1000412.jpg 


 「どうか、ナオミ(快い)などと呼ばないで、
  マラ(苦い)と呼んでください。
  全能者がわたしを
  ひどい目に遭わせたのです。
    ・・・・・・・・・・・・・
  なぜ、快い(ナオミ)などと呼ぶのですか。
  主がわたしを悩ませ
  全能者がわたしを不幸に落とされたのに。」
        ~ルツ記 1章20節、21節~




大昔、他の教会にいたとき、「神さまに理不尽さを感じることがある」という分かち合いをしたら、
その場にいらっしゃった主任の神父様に、「神さまのどこが理不尽なのか」と、
たしなめられたことがありました。

その神父様は、深刻なお苦しみを持っていらっしゃったそうですので、
目の前に起きている現象を感じた通りに口にした私の言い分が
分からなかった訳ではいらっしゃいません。
それでも、その神父様は頑固に私の言い分をたしなめました。
今になって、その神父様は、神さまの側に立ってそう仰ったのだなあ、と思うのです。

また、同じ頃ですが、個人黙想に与ったとき、
指導して下さった神父様から、人間には受け入れなくてはならないものがある、と
教えられたことがありました。

そして数日前、ある黙想会で、理不尽さを受け入れることは、神を受け入れることだと、
指導司祭が仰いました。

「人間は、不平等に生まれ、不平等に生きて、不平等に死んでゆきます。
 これを受け入れることは、神を受け入れることなのです。」


確かな事実でした。
私にとっては、有無を言わせない言葉でした。
諦めることとは違って、何か、新しい力が与えられた感じがしました。

大変忘れっぽい私のこと、この世に生きていて感じる理不尽さに、
ふたたび不満をもらすことがないように、いくつかの場で
戴いた教えを、日々振り返って、生活してゆきたいと思いました。

✝「そのころ、イスラエルには王がなく、
      それぞれ自分の目に正しいとすることを行っていた。」(士師記)
 私たちの善き指導者、主・イエスに従い、身の回りに起きる理不尽な出来事に思いをめぐらし、
 目先のものごとに惑わされることなく生きてゆくことができますように。


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