風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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  1. スポンサー広告

表参道にて♪ :: 2009/11/30(Mon)





 やなぎはっかは、野暮用で
 ほぼ月に一度、原宿に足を運びます。
 
 おやスマイル
 ケヤキに何かついてるわパステル

 そうそう、表参道のイルミネーションが
 復活すると、どこかで聞いたような・・・。








P1000404.jpg

ふむふむ、これが発光ダイオードの
「豆電球」なのね。電球

「今年のイルミネーションは、いつから?」
と、M子さんに聞くと、
「明日からですよ。
 久々なので、力が入っていますよ。ガッツ
 きっと、きれいだと思いますよ。」
「そう、来月は夜に来てみようかな・・。月

などと、おしゃべりしていたわけですが、
ニュースで、点灯式の模様が
紹介されていましたね。

もう、師走ツリーなのですねえ。



                     P1000406.jpg

                      表参道ヒルズ前のクリスマスツリーハートありがとう


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  1. クリスマス

あ~~~! o(><)o ジタバタ :: 2009/11/30(Mon)

egawa 流れ 「ああ、主よ。
 わたしはもともと
 弁が立つ方ではありません。
 ・・・・・・
 全くわたしは口が重く、
 舌の重い者なのです。」
 主は彼に言われた。
 「さあ、行くがよい。
  このわたしが
  あなたの口 と共にあって、
  あなたが語るべきことを
  教えよう。」
  ~出エジプト記 4:10-12 抜粋~


   とか

主は彼の方を向いて言われた。
「あなたのその力をもって行くがよい。 あなたはイスラエルをミディアン人の手から
 救い出すことができる。わたしがあなたを遣わすのではないか。」
彼は言った。
「わたしの主よ、お願いします。しかし、どうすればイスラエルを救うことができましょう。
 わたしの一族はマナセの中でも最も貧弱なものです。それにわたしは家族の中で
 いちばん年下の者です。」
主は彼に言われた。
「わたしがあなたとともにいるから、あなたはミディアン人をあたかも1人の人を
 倒すように打ち倒すことができる。」
                                ~士師記 6:14-16~


とか・・・、

読んだものだから、

ついつい、頼まれてしまったじゃないの!かおまる

来年度の婦人会のスタッフを・・・。ガーン01

この日の準備のために、共に活動する良き友人を
与えてくださった神さまに感謝星

・・・ダイエットになるわ・・・きっと・・・oowarai

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  1. 日々のこと

耳を傾ける :: 2009/11/28(Sat)

晩秋のキャンパス




  主は彼に言われた。
 「わたしがあなたと共にいるから、
  あなたはミディアン人をあたかも1人の人を
  倒すように打ち倒すことができる。」
      ~士師記6章16節~








                 主は幾度となく
                 語りかけてくださったのに、
                 み声はわたしの耳に入らなかった。
                 騒ぐ心で
                 もがいていたわたしの耳には。

                 こころの内も外も黙して、
                 共にいてくださるという
                 あの御方に耳を傾けてみたい。
                 囚われも、内なる闘いも
                 払わないままで。


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  1. 日々のポエム

叔父に書いた手紙 :: 2009/11/28(Sat)

P1000399.jpg  叔父様

 父の四十九日法要の折、
 カトリックでは死後のことを
 どう考えているのかと、
 尋ねられながら、私は十分に
 お応えすることが出来ません
 でした。
 「死」は、生まれつきの
 現実逃避型の私の得意分野だと
 思っておりましたのに、
 私は答えられませんでした。

 振り返りますと、洗礼を受けて以来、
 むしろ私は、
 「信仰者として、今をどう生きるか」
 ということの方を教えられてきた
 ように思います。

これは生まれつき、思い出に耽ったり、過去を後悔したり、地に足を付けずに
夢を追う傾向のある私には、難しいことでした。世の中を生き辛いと感じている分、
私には「娑婆」で生活することの方が辛いのだろうと感じられます。

でも、「今を生きること」を心がけて生活するうちに、それまで折々に思い描き、
憧れてきた天国での生活に意識が向かい過ぎることはなくなりました。
ご大層な理由は何もなくて、「今、このときを生きる」ことを心がけたら、
凡人の私は、それだけで生活がいっぱいになってしまったのです。

私の理想の境地は、アッシジの聖フランシスコの「太陽の賛歌」ダウン(「続きを読む」参照)
ですが、父や母の死を体験して感じますのは、計画通りの死を迎えられる人は、
極めて運が良いのだろうな、ということです。

兄は、両親の死から、「死は奪うもの」だと悟ったと言いました。
それは、遺族から奪う、というより、亡くなっていく本人から命を奪い取るものだ、
という意味だと、私には聞こえました。
それと同じことを意味するのかは分かりませんが、父の死も母の死も、
私たちきょうだいには、あまりにもあっけないものでしたから、
私は私で、自分の命さえも借り物に過ぎないことを思い知りました。

そして、自分が死を迎える瞬間さえ、自在に操れない私には、やはり、
与えられた今を丁寧に生きるという難しい課題を日々こなしてゆくことしかない、
と確認したように思いました。いかに苦しみ、いかにジタバタしても、
それはそれで、「私に与えられたみ旨を完全に果たしたこと」と
受けとめるしかない、と観念致しました。

叔父さんが得たいと思われた内容と合致するかは分かりませんが、
遠藤周作の「死について考える」(光文社文庫)を同封させて戴きました。
遠藤周作は、どちらかといえば嫌いな作家でしたが、この本を読んで以来、
弱い者に対して、あたたかい眼差しを持ち続けた人だったのかもしれないと、
見直すようになりました。読みやすい本です。
それから、私は、玄侑宗久さんのファンです。玄侑さんは、滝桜で有名な三春町の、
臨済宗の福聚寺の副住職でもあります。小説「アミターバ―無量光明」(新潮文庫)は、
死に臨んで、生と死の間にある人の「魂」を、玄侑さんの観点から描いています。
母が亡くなった後に知って、読みました。

ある神父様は、「神はできごとを通して語られる」と教えて下さいました。
それは、「あのできごと」や「このできごと」を指さして、
「ほら、あれも」「ねえ、このことも」と説明できることではなくて、
一人一人が直観的に受けとめる以外には、どうしようもないことだと思います。

叔父さんのお心に添えましたかどうか、はなはだ不安ではございますが、
私のない知恵を超えてしまいましたので、この辺で筆を置くことに致しましょう。


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  1. 今日の想い

聖書の言葉を分かち合う :: 2009/11/23(Mon)

「南無アッバを生きる」(矢印のリンク集)の余白さんが、
URL「聖書の言葉を分かち合う」という掲示板を新設なさいました。

「典礼暦にしたがって黙想したことを、自由に書いていきます。
どなたでもご自由に参加下さい。
聖書の言葉、今日の福音を、共に分かち合いましょう。」
とのことです。


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  1. お知らせ

クリスマス・プレゼントにいかがでしょうか。 :: 2009/11/20(Fri)

               カルメルスリッパ

今日?は・・日付が変わって、こんな時間びっくりマーク汗
明日の勉強会の準備で、1日家にこもっていました。

時間がないので、久々にこんな記事。うふ

山口カルメル会修道院のスリッパです。
この間、やっと男性用を見つけました。教会のバザーで。
それで、夫と息子の分を買ってきました。

写真は、新品の夫の(左)と、半年位使った私の(右)です。

ひとつひとつ、手作りなのだそうですよ。ハートありがとう

このスリッパ、足の疲れを吸い取ってくれるんじゃないか、というくらいに履き心地抜群です。
あたたかいですしねうっとり

その上、底がフエルト製で、パタパタ音がしないのです。にっこり
マンション暮らしには助かります!

バザーでは、夫のLが2200円、私のMが2000円でした。
多分、これがもともとのお値段だと思うのですが・・・。
クリスマス・プレゼントにいかがでしょう。


参考:カルメル修道会・教会の母マリア修道院
    電話fax 083-929-0264


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  1. 日々のこと

「あなたはしかし、そこに渡って行くことはできない」 :: 2009/11/16(Mon)

近隣の大学の風景 「『これがあなたの子孫に与えると
 わたしがアブラハム、イサク、
 ヤコブに誓った土地である。
 …あなたはしかし、そこに
 渡って行くことはできない』
 主の僕モーセは、主の命令によって
 モアブの地で死んだ。…今日に
 至るまで、だれも彼が葬られた
 場所を知らない。」
                               (申命記34:4-6


「自分がここに居てもいいのか」ということについて、いつもどこでも自信のない私が、
どうにかこうにか、現在籍を置いている教会につながっていられるのは、
教会のために尽力している皆さんの、とても真似ができないような立派さに
圧倒され、感動してのことではない。

身近な場所に居るその方々が、自分の弱い部分や人には話したくない部分を、
黙って受け止め、耐えていることに、ふとしたときに気づかされたりすると、
自分の甘さを思い知り、普段は感じないような力を与えられることがあるからだ。

エジプトに寄留していたイスラエルの民を率いて、約束の地カナンに導くように
神から命じられたとき、モーセは飽くまでも逃げ腰で、
「だれかほかの人を見つけてお遣わしください。」と願い出たほどだった。
約束の地を目指す荒れ野での40年間の旅の間、イスラエルの民は
繰り返し自分の境遇を嘆き、神にもモーセにも不満を隠さない。
頑なな民イスラエルに対して、怒りを露わにされる神に、
モーセが執り成す場面が聖書にはたびたび描かれている。
が、モーセ自身は約束の地を目前にして、神に対する誤った態度ゆえ(民20:2~13)に、
その地に入ることを赦されなかった。
顔と顔を合わせて語り合うほどに、神に愛されたモーセが、なのだ。

日々生きている私は、どちらかといえば、旧約聖書に描かれるイスラエルの民に近い。
何か事があれば、それまでのパステルカラーに染められていたような心ほしぃぃっ
一瞬にして「暗転」ガーンする。日常からの「脱走」を模索したりするが、それも、黙ってはできない。胸に納めておくことができないのだ。「放っといてかお」という顔をしつつ、愚痴らずにはいられない。
そして、「いま」ではない、過去と未来に思いを馳せる。アップロードファイル

モーセは殺人を犯して、アラビア半島に逃亡していた罪人だった。逃げ腰で臆病な面もあった。
エジプトに寄留していたイスラエルの民の中には、モーセを超えるような、
見るからに立派な人物が他にいただろうに、神は敢えてモーセを選ばれた。
神はモーセを選んで、「わたしはあなたとともにいる。」と言って、モーセを愛された。

不勉強な私には、どうして神がモーセをお選びになったか分からないけれど、
逃亡者モーセに神が声をおかけになった場面と、
いちじくくわの木からご自分を見ていた徴税人ザアカイに向かって、
イエスが「おりてきなさい。」と声をおかけになった場面とが重なって見えてならなかった。
あろうことか逃亡者であった自分の名を神から呼ばれて、モーセは深く一気に癒されたのだと思う。
神は、罪人モーセを「はらわたが苦しむ」ほどに憐れまれたのだと思う。
癒され回心したモーセには、神が自分を大事にしてくれる心を疑う余地などなかった。

反抗を繰り返すイスラエルを、神はモーセの必死の執り成しによって、
何度もお赦しになったのに、愛する僕モーセのただ1度の誤りを最後までお赦しにならなかった。
カナンを目前にして、神がやはり自分をお赦しにならないことを改めて告げられて、
その状況を、モーセはどのように受けとめたのだろうか、と思う。

モーセがどのように「先祖の列に加えられている」のかは、「神様の勝手」だが、
その死の直前に見渡した、「地上の約束の地」以上に美しく善きことに、
モーセが招かれていることを、地上の生きものである私は願う。

それにしても、神によって癒されたモーセは、それでも、すべてを胸に納めたに違いない。
その一方で、今を生きる私は、私のことをも、
神が日々憐れんでくださっていることを自覚すべきなのだろう。


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  1. 今日の想い

「傷が癒す」 :: 2009/11/10(Tue)

一昨日の記事を投稿するときに見つけた、
カラヴァッジョの「聖トマスの懐疑」。(参考:サルヴァスタイル美術館)
映像に使われていた、この絵を見たときには強い衝撃を受けました。
初めて目にしたのか、いや、何かで見たことがあるのか、その辺りは曖昧です。

この場面は、新約聖書のヨハネ福音書20章に記されています。
聖書での記され方はいつもそうですが、この箇所も、
さりげなく、短くまとめられています。

イエスの十字架刑の後、ユダヤ人を恐れて、身を潜めていた弟子たちの前に
イエスが復活して現れます。が、その場に居合わせなかったトマスは、
その話を信じません。トマスは言います。
「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、
また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」

その8日後、今度はトマスも居たときに、イエスが再び現れます。
「わたしの主、わたしの神よ。」と言うトマスに、イエスは言います。
「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」

何事にも、人様の思いやりさえも、疑ってかかる私には大事な場面なのですが、
カラヴァッジョは、いや、一昨日は誰が描いたのかも知りませんでしたので、この画家は、
この場面を描くために、どれほど黙想したのだろうかと思いました。
聖トマスの驚きの表情。
それは、聖トマスが癒された瞬間だったのではないでしょうか。
また、不勉強な私は今は何も知りませんが、
画家カラヴァッジョ自身が癒された瞬間だったのかもしれないとも感じました。

 10月25日の記事で、今年の冬の終わり頃に
 描いた絵を使ってみました。
 私にパステルで表現することを
 教えてくれたのはURL五十嵐かりんさんです。
 
 私には長い間、
 「在ること」を知りながらも、
 それに触れることは、自分の傷の痛みに
 酔うことのように思われて、
 誤魔化し、知らない振りをして、
 放置してきた課題がありました。

 今年の冬の終わり頃、この課題を
 一度は片付けておかなくては、
 何かがあるたびに、周囲に
 嫌な思いをさせることを
 繰り返すのかもしれない、
 と思うことがありました。

第一、私自身が苦しかったのです。
 
五十嵐かりんさんは、「表現できれば、癒されます。」と仰いました。
ヘンリ・ナウウェンのある1節とともに、かりんさんのその言葉を思い出して、
スケッチブックとパステルを広げました。
そして、私が長い間放置してきた、「内なる幼いわたし」が、
どこまでも優等生を演じて、大人の期待に応えようとする「幼いわたし」が、
寂しく暗い山道を、独り、歯を食いしばって、健気に健気に、
手を広げて迎えてくれる誰かを探して歩き続けているのを「見つけた」のです。

傷が癒す初め、この絵に描いた、天から差し伸べられた手に、
傷痕はありませんでした。→
この手の持ち主はイエスであり、上のように、
後から描き加えた手首の傷は聖痕です。
どうしても、描き加えたくなったのです。

この絵が出来上がったとき、信頼している
友人に見せたら、やはり、この「傷痕」の
話になりました。

そして、その友人が思わず、
「傷が癒す」という言葉を使ったとき、
私の内面で起こりはじめたことに
気づきました。

カラヴァッジョが描いた聖トマス。
イエスの傷痕に触れる聖トマス。

この絵との出会いは、私の内的な世界にとって、大事な出来事になりそうです。


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  1. 今日の想い

少しだけれど、関わってみて感じたこと・・教会共同体 :: 2009/11/09(Mon)

P1000374.jpg 「一体だれがこのバトンを
 受け取ってくれるの?」
 と、教会の地区のお世話係の
 2周目を、半ば苛立ちながら、
 走り続けたこの1年。

 でも、「初めて打診された年、
 断っていたとしたら失っていたもの」を
 想像して、私に必要だから
 与えられた状況だったのだと振り返る。
 
 でも、正直、苦しかった。
 「生きているのが
 アホらしくなったわ。」
 という、いつもの思考パターンに
 それほど陥らなかったのは、
 忙しい自分の時間を犠牲にして、

私の子ども染みた感情を受けとめてくれた友人の支えがあったればこそ。
何ということ!kao04  エエかっこしいの私が、自分の弱さをあからさまにして、
教会の友だちに甘えてしまったのだ。
人さまに甘えること・・・それは、今までの私には決してできないことだったのに。

かつて、私が教会に対して心を閉ざしていた間、教会共同体を支えて、
苦労している人がいることを意識したことはなかった。一瞬気になったとしても、せいぜい、
「こういうことが好きな人たちがやっているのでしょうから、任せておけばいいのよ。」
と、無関心を貫き通して、自分1人を守って来た。

イエスに代わって扉を叩き続ける友だちがたまたま身近に現れ、
その呼びかけに「引っ張り出され」、教会に戻ってみて、
初めて、教会のために尽力している人々の苦労の一端を体験した。

そして、苦労を共にしてみて、味わったことのない「一体感」のようなものを知った。

その驚きを思えば、心を閉ざす寂しさだけが「財産」だったような者、
この「財産」にしがみついていたような者の扉を叩き続けてくれた友だちに対して、
深く感謝しないではいられない。
私がこの気持ちを忘れませんように。

昭和という時代について、「URL」(青い四角2枚) †SbWebs†ぼんくらオヤジさんは、

「人が人に期待し、信じることを諦めなかった時代」
「その試みを、ある時期から煩わしさと自分が傷付くことへの恐れ故に放棄してしまったのでは、
現在の私達が抱える心の飢えと渇きはここから始まっているように思えてなりません。」
「昭和という時代は、人を愛する勇気を忘れぬように、
過去から尚、問い続けているんじゃないでしょうか。」

と仰った。

数年前、人との交わりを心から煩わしく感じていた私が、
意外なことに、友だちの「心優しきお節介ハートありがとう」に救われた。
当時、いま私がしているのと同じ係をしていたこの友だちは、私が無遠慮に感情をぶつけても、
そのために、ずい分傷ついたであろうに、
あくまでも自分がイエスの弟子であることを忘れなかった。

そして、お節介さんwakuwakuは、お節介さん を呼んで、私は何人もの友だちに甘えさせてもらった。
お心当たりのおありになる皆様、ここで重ねて申し上げます。
甘えるあまりに私が犯した、数々のご無礼をお赦しください。jumee☆thanks4


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  1. 今日の想い

恐れるな :: 2009/11/07(Sat)

微笑みの聖母
「あなたが敵に向かって出陣するとき、
馬と戦車、また味方より多数の
軍勢を見ても恐れてはならない。
あなたをエジプトの国から導き上られた
あなたの神、主が共におられるからである。」
(申命記:20章1-2節)


聖書に出てくる「恐れるな」というみ言葉に、
私はいつも強く引かれます。
人間関係において、とても臆病だからです。

人様とのつながりを持つことが煩わしかった頃、
私にとって「敵」とは、日々のお付き合いの中で、
私に対して様々な感情を持っているであろう
人々のまなざしでした。人々が私に対して抱く感情を想像しては、怯えていました。

善き友だちを通して、イエスがいつまでも私の扉を叩くので、
私は仕方なく「家」の外に出てみました。
恐くてならなかったけれど、人の輪の中に飛び込んでみました。
そして、世の中には、案外、あたたかい人が多いことを学ぶようになりました。
やがて、私にとっての「敵」とは、私自身が吹かせた臆病風であることに気づかされました。

あたたかい人々の心に触れ、教えられ、鍛えられて、
小さなできごとを、一つ、また一つと乗り越えてきたように思います。

ついつい逃げ出したくなる生まれつきの気持ちに囚われる私に、
周囲のあたたかい言葉を通して、
神さまが「恐れるな」と呼びかけて下さっているのでしょう。

私の心には絶えず臆病風が吹いて、私はそれと生涯闘い続けるのでしょう。
そして、その私に、神様は「恐れるな。」と、言い続けて下さるのでしょう。


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  1. 今日の想い

特効薬 :: 2009/11/06(Fri)

          「わたしの目にあなたは価高く、貴い。」~イザヤ43:4

             2007 馬頭町遠景    

              自分のことが好きになれないとき、
              自分の行なったことが
              くだらないと感じられてならないとき、
              それで、がっかりしたとき、
              あるいは、自分の行った結果が
              不安でならないとき、

              それでも
              自分をほめてみる。
              塗りたくなくても、
              必要な薬を傷口に塗るように。

              自分をほめることは、
              けっこうたいへんなこと、
              まして、
              ほめ続けることは
              それは、それはたいへんなこと。

              でも、いま生きている自分を
              ほめてみる。
              
              「うん、すごいぞ」
              「いいぞ」
              「それでいいんだぞ」 

              速効性はないけれど、
              あとで確かに効いてくる。

              いつか、
              言い聞かせていたほめ言葉から、
              「知らなかった自分」との出会いに
              驚く言葉が生まれる。


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  1. 今日の想い

ただ、生き続けているだけで。 :: 2009/11/03(Tue)

P1000375.jpg


  

  「人は何かをやるために
   生まれてくるのではありません。
   行き続けていることで、
   すでに何かを誰かに
   伝えているのです。」
    ~あさのあつこ~
     「朝日新聞 『こころ』 ’09.3.27.」







友だちが新聞の切り抜きをコピーして送ってくれた。
友だちも、この言葉をとても大事にしているとのこと。

そう、焦ったり、苛立ったり、失望したり、羨んだり・・・。
そういう思い違いが、私の暮らしには数え切れないほどあるけれど、

何もできなかったとしても、
何かに失敗したとしても、
ただ生きているだけで、
右往左往して生きているだけの私ゆえに
神に祈り、感謝してくれる人々が
確かにいてくれるのだ。


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  1. 今日の想い

静かで揺らがないご計画 :: 2009/11/03(Tue)

武蔵野 2009.11.1 一昨日のミサ説教。
 (「真福八端」マタイ5:1-12

 すべてに心をお配りになり、
 人の心に応えようとされる
 心温かいアメリカ人司祭は、
 お説教にもまごころを
 込められるので、
 お話は長めだ。
 生きて来られた神父様の
 これまでが窺われる、
 深いお話なのだけれど、
感情中枢ばかりが発達して、読解問題嫌いの私ゆえ、
この神父様のお話を、後になってまとめるのは難しい。
この私が昨日のお話をここにまとめようとしても、正確に伝えることはできない。
これからは、メモを取ることにしよう。それだけの価値のあるお説教をなさる神父様だ。

神父様のお話がスタート地点となって、ミサ中、いつものように暴走を始めた私の心が
はっとしたこと。・・・天に召された父と母という夫婦を思っていた。
私を決して無邪気な子どもにはさせてくれなかった、緊張に満ちた家庭を築いた両親と祖母。
そこに暮らす誰もが居心地の良さを覚えることが難しかった家。
確かに私たちはある意味で「悲しむ人々」であったし、「大きな苦難を通ってきた」
(第1朗読「ヨハネ黙示録」)家族なのかもしれない。
悲しみ方、苦しみ方は各人ばらばらではあったけれど。

きっと、ひとりひとりが「今」が来るまでの日々を後悔していたのではないだろうか。
少なくとも、私はそうだった。だから「今」が厭わしかった。

「日々の気分の波、嵐のような波」という言葉を神父様はお使いになった。
「そういうものではなく、激しい嵐にもかかわらず、静けさを保つ海の底のようなものが、
誰にもあります。私はそれを信じたい。私は人のそういうところとつながりたい。」

初めて耳にした表現ではなかったけれど、神父様の一昨日のお話では、
「静かな海の底」に決して揺らぐことのない「存在」を感じ取った気がした。

家庭の中に日々生じた確執に、子どもであった兄と私は特に傷ついたが、
確執という嵐の海の、深い深い海底に、
天地創造以前から神が約束された、私たち家族の出会いがあったのではないだろうか。


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  1. 今日の想い

「諸聖人の日」に :: 2009/11/01(Sun)

           

「諸聖人の日」の今日、朝ミサを父と母のために神さまに捧げていただいた。
お説教を伺ううちに、ちょっと気づいたことがある。
・・・それは、後ほど・・・という書き方をすると、約束を果たすのに時間がかかるのが私の常。

朝ミサが終わって、神父様にお礼を申し上げて、
「これから、五日市のカトリック墓地まで、今度は姑のお墓参りに行って来ます!」
と、夫が待つ教会の最寄駅まで急いだ。

駅で待っていた笑顔 矢印この御仁、ミサが少しでも長いと、急に教会にご無沙汰しちゃうのだ。

・・ったく!むぅ・・・       …今の神父様、そうねぇ…汗

武蔵増戸駅を降りて、霊園が見えてくると、
霊園のお隣のURLカトリックあきる野教会に「東京教区合同追悼ミサ」の垂れ幕。
オレンジ色の帽子の案内ボランティアらしい皆さんが何人も・・。
そういえば、駅にも同じ帽子の方が2人いた・・。
この墓地に眠る故人のための合同追悼ミサが立てられるらしい。
駅と霊園の間、霊園の事務所と高台にある墓地との間をシャトルバス代わりの
ワンボックスカーで送迎までしてくれている。
バケツ、掃除用具の手配まで、細やかなお気遣いが嬉しかった。

さらには、手作りおにぎり、トン汁、お花の販売、飲み物サービス・・・。wakuwaku
さっそくありつこうと思ったら、 笑顔が、私を無視して、さっさと墓地への坂道を登り始めた。

・・ったくぅ!むぅ・・・

2日前の亡き姑の誕生日に、舅がお墓参りに来たようで、
お墓はお掃除のし様がないほどきれいだった。
舅は、姑が亡くなってから20年以上、毎月、月の命日の墓参を欠かさない。
私たちは、簡単にお掃除をすませると、たまにしか来ないのに、
あれやこれやと長~いお願いjumee☆faceA80をしてお参りをすませた。

予報通り、天気の急変を告げるかのように、「何か、変」な空。
帰り道、夫の歩幅が大きくなり、どんどん早足になる。かおまる
そして、武蔵増戸駅近くのお寿司屋さんの前で、ぴたりと止まった。jumee☆lucky1R

このお店は今日で2度目で、とても美味しいのに、良心的なお値段絵文字名を入力してください
夫は「そんな人、この世に居たの?」と驚いたけれど、実は、人見知りが強いやなぎはっか、
本日「カウンター席デビューアップロードファイル」と相成った。

なお、カトリックあきる野教会が産声をあげたころについては、
URL坂倉神父様のHPに、びっくりするような体験談が掲載されている。


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