風が往き交う場所

カトリックなおばはんの日々の戯書きです。                                   




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川崎市・武蔵新城の桜 :: 2008/03/30(Sun)

                      新城の桜・1

                 今日は、JR南武線武蔵新城駅にほど近い新城公園の桜です。
                 冷たい雨が降り出しましたが、子ども用の遊具が置いてある、
                 小ぢんまりした児童公園を覆うように咲いた桜もなかなかでした。




                    新城の桜・2

                  武蔵新城駅から新城公園を通り抜けて、道なりに進むと、
                  江川せせらぎ道という遊歩道があります。
                  江川は、小さいながら、清らかな流れです。
                  この水質を守るために、私たちには見えないところで
                  たくさんの方々が尽力されているのでしょう。
                  遊歩道に沿って、桜並木があります。
                  あと10年もしたら、隠れた桜の名所になるでしょう。

                                               
江川せせらぎ遊歩道・鳩のひなたぼっこ


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テーマ:日記 - ジャンル:日記

  1. 日々のこと

「息をしている」 ・ 他1編 :: 2008/03/29(Sat)

        「息をしている」

      安らかに
      息をしている、
      息をさせられている。

      いのちの呼び掛けに
      応えるように、
      上下する脈拍と血圧と。

      今生での
      しばしの別れを
      半分あきらめ、
      あきらめきれず。

     「わたしもいつかその国へ…。」

      この世に生を受けたものの約束を
      じっと待ち続ける。
      わたしが知らないその日を。

      その日まで、
      生きる、生きる。
      わたしを迎えて下さる方が
      お望みになるように。

  


                           「分かり合う」

                          60数億のいのちがあるなら、
                          どうして完全に分かり合えないの?
                          そのうちのたった一組の
                          こころとこころさえ。
   
                          取るに足りない、
                          小さなこころの、
                          日々の繋がり。

                          誰にでも「わけ」があり、
                          人という肉体の衣、
                          肉体の視力は、
                          こころを完全に読み取れない。

                          いや、完全に読み取れたら、
                          わたしは誰をもゆるせないだろう。

                          あの人この人を
                          一分の狂いもなく
                          理解できない哀しさと、
                          あの人この人から
                          一分の狂いもなく
                          理解されない寂しさは、
 
                          「賢さ」という
                          贈り物なのかもしれない。

                                  2007.4.11.記

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  1. 過去のポエム

目指す :: 2008/03/29(Sat)

                  はるか遠く。
                  悪路を、
                  足元を探るように
                  目指して、歩き続けて、

                  やがて、
                  その先に
                  光の世界の広がりを見る。

                  心の闇さえ照らし出し、
                  陰を描き消してしまう
                  清らかで
                  まぶしい
                  光の世界。

                  飛んで行くことはできない。
                  どんな道であっても、
                  一歩一歩、
                  歩いて行く。

                  そうすれば、
                  光の方から
                  こちらに来てくれる。
                         
                        2007.5月 記

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  1. 過去のポエム

孤独な死 :: 2008/03/29(Sat)

              身も心も
              神のみ手に委ねた方とはいえ、
              遺された
              ご両親の悲しみを思えば、
              何と、ご無念であったこと。
              こころざし半ばでの
              独りきりの突然の客死は。

                     2007.9.12.記
                      

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  1. 過去のポエム

目黒川沿いの桜並木 :: 2008/03/29(Sat)

                   200803291330  目黒川桜


毎年この季節、電車から見下ろして、気になりつつも訪れたことのなかった目黒川沿いの
桜並木の下を散歩して来ました。見事な桜です。
天候に恵まれた週末、中目黒駅を降りて数分の、「ちょっと行って来ます。」という感覚で
出かけられる所だけに、花見客も大勢でした。
とは言え、息が詰まるほどの人出ではなく、桜の美しさに感動しながら、そぞろ歩きが
楽しめるお花見でした。



 
                         ゆめとうつつの
                         境界の美。
                         曇り空のもと
                         みずから光を放つ
                         花の群れ。
 
                    200803291328 目黒川
                 
                    

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  1. 日々のポエム

母の命日 :: 2008/03/28(Fri)

玄侑宗久さんの「アミターバ―無量光明」。
多分、主人公の「私」の娘婿の慈雲さんは玄侑宗久さん自身だと思う。
「私」は、短い余命を知らされないまま入院、やがて亡くなるのだが、
病み、亡くなっていく本人に死を語らせている。
読んでいると、玄侑さんが看病の過程で、
いかに「お母さん=私」を丁寧に見つめ、見守り続けたかが察せられる。

亡くなる頃の私の母も、見舞いに行くと、この「私」と同じようなことを、
度々話していた。母にしか見えない誰かと話す体験をしているようだった。
更には、私が病室に居ないときも、そこに居ない私と大きな声でお喋りするので、
同室の人から苦情があったらしい。

亡くなって、今日で3年。昨年、三回忌をやったから、
三周忌というのはやらないらしい。
カトリックの私は、真言宗のしきたりが分からないから、
今日は心を静かにして、ロザリオを繰る。
母の魂も、死後も確かに存在して、時々、私の様子を
見に来てくれたりしているのだろうか?
できれば、私の気持ちまで読み取ってほしい、と願う。
この世での肉体から自由になって、
黙っていても、お互いをすっかり理解できるようなら、
それまでの気持ちの行き違いも払拭されるだろうに。


                    小さいいのちの仕事


                    命日に、
                    母のための祈りの後で、
                    いのちの
                    小さな仕事
                    ひとつ。

忘れてはいけない大事なことを書き忘れました。
母は、亡くなるぎりぎりまで、意識も失せ、
まるでもうあちらの国で安らぎ始めたのかと思われた瞬間まで、
「お母さん、まだ待って、○○ちゃんが、まだ来ていないのよ!」
と呼びかけると、直線になりかけていた脈拍が持ち直したものでした。
そして、その「○○ちゃん」が到着するのを待っていたかのように、
静かに静かに息を引き取りました。

もしも、重篤な患者さんを見舞うとき、
その患者さんが、いかに意識がないように見えても、
患者さんには、そばに居る人々の、
どんな会話も聞こえているのかもしれません。
患者さんにとって心ない内容となる話は慎みたいものです。



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  1. 今日の想い

親のこころを詠う 3編 :: 2008/03/24(Mon)

友の場合

   愛娘の
   夏の名残りの
   伝言メモ、
   写メに収めてから
   捨てたという友。    
     


父の場合

   本家からの
   今年の銘柄米を
   手つかずのまま、私へと。
   ただ、美味しいと
   言って欲しくて。



私の場合

   どんな未来を
   握り締めて
   生まれて来たの?
   それをご存じなのは、
   そのいのちの与え主だけ。

   そっと見守る。
   あなたは
   遠い昔、
   私が生まれたとき、
   この手にしていた未来。


             2007.10.2 記        

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  1. 未分類

堆積した時間を :: 2008/03/24(Mon)

           わたしの
           記憶の向こうに
           刻まれているとでも
           いうのでしょうか。

           一瞬の夢から覚めた後には、
           またも
           まるで、生まれつきのような
           悲しさと不安とが
           追いかけて来ました。
           
           夢の中で聞いた
           幼かった我が子の一瞬の泣き声が
          「至らなかったわたし」を
           目覚めさせて、
           今のわたしに訴えます。

           わたしに贈られた人々との、
           時間の堆積にこだわるのは、
           わたしが忘れた
           記憶の細胞に刻まれた傷が
           疼くからでしょうか。
            
           明け方の夢に起こされました。

           でも、もうすぐ朝陽が昇ります。


                      2007.11.7.記

テーマ: - ジャンル:小説・文学

  1. 未分類

過去のポエム :: 2008/03/24(Mon)

「老いた父よ」

老いて病む父の
痩せて、歪んだ身体を揉む。
稀な時間を惜しみつつ、
稀な時間を怒りつつ。

        2007.11.17記 


「しずけさ」

誰もが、孤独を持っている。
誰もが、悲しみを持っている。

隠しているだけ。
騒がないだけ。  

         2007.11.8記
        

テーマ: - ジャンル:小説・文学

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父を思う・その2 :: 2008/03/23(Sun)

進行が穏やかではあるけれども、体力減退と高齢の問題から
積極的な治療を望めない癌患者である実家の老父。
その父に、痛みのない生活を最後までさせてあげたくて、
緩和ケア病棟のある病院を勧めることに、私はずっと焦っていました。

父が入院先として望んでいる病院は、現在父が通院している病院で、
亡き母の最後の入院のとき、「見込みのない患者」になった母に
ずい分と寂しい思いをさせた地方の大病院です。
父もいつかは「見込みのない病人」として、
同じ思いを強いられるのでしょうか。
寂しかった母の姿と共に、病院に医療を任せている家族としての
胸に秘めた怒りが昨日のように甦ります。

それでも、父は、その病院との長年の「お付き合い」を大事にしたがります。
「今まで、お世話になったから。」と。・・・そんな父です。

ある折に、死と向かい合っている患者さんたちの
精神的なケアのボランティアに関わって来られた方が、
「日本の緩和ケア医療は、まだ、発展途上かもしれません。
 周囲の人は、『苦しむことに意味がない』と思ったり、
 『患者が苦しむ姿を見ることが辛い』と思いがちですが、
 人間として、苦しむことにも意義があるのかもしれません。」
と仰ったのを聞きました。

数日間、その言葉をよく考えた後、
私は緩和ケアのことで焦るのをやめました。
そのことで父の意思と「闘う」ことをやめました。

信頼していた病院で、
最後の最後に孤独に追いやられた母の姿を目撃した上で、
なお父の意思を尊重するということ。
実家は遠くても、何らかの形で、これから「共に」どう「生きようか」と、
問い直しつつ、関わることが、私に求められているのかもしれません。

しかし、実際に父とどう関わっているかを省みますと、
ああ、まだまだ、私はこころが弱いです。

私は、まだまだ、父と共に苦しんでいません。


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父を思う :: 2008/03/23(Sun)

「わたしは何者か」

            
       わたしの周りに過去に起こり、
       また、いま起こりつつある、
       望ましくない出来事を、
       「わたしのせいだ。」と
       責めるのは、
       傲慢なことなのかもしれない。

       「わたしのせい」で、
       何かが変わるほどに、
       人間に与えられた人生は
       安っぽくない。



「エンドレスな『自分史』」

       始まりから終わりまで、
       単語の順番さえ決まっている、
       いつもの長い長いお話。

       わたしに
       相槌も打たせずに続く
       果てのない、取り止めのないお話が、
       現実の病の「痛み」を生きるあなたの、
       その恐れを静めている。


                       2007.11月 記

テーマ:詩・ポエム - ジャンル:小説・文学

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初めまして。 :: 2008/03/23(Sun)

                  イースタエッグ・2008
初めまして。
当ブログの管理人の『やなぎはっか』です。

子どもたちが既に成人して、51歳の今も、
心に浮かんでは消える日々の思いがあります。
何気なく浮かぶ日々の思いを、
何気なく忘れるままに放っておくのはもったいない・・。

それで、詩や短文、或いはいくつかの書き方で
記しておきたいと思いました。

皆さま、どうぞよろしくお願い致します。お願いします

なお、パソコンの前での長年の姿勢の悪さと老化のために、頸椎と腰椎を傷めて通院中です。

そのため、痛みが軽快するまでは、
更新やコメントへのお返事が遅れるかもしれません。
どうか、お許しくださいね。

また、家族の要請によりまして、家族ネタはご法度とのことですので、
その辺りの話題に欠けますこともお許しください。


  1. 初めまして
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